第4話 森の中の一軒家にて

 記憶にない、ということは、記憶にないだけということですね。

 俺からの報告を聞き、ソコロフは意味ありげに含み笑いをした。

 サツマ様を苛んだ深い絶望。

 本人に記憶がないのは確かのようだけれど、何かあったはずなのだ。

 ちなみに異世界側の自分の命の危機っていうのは、サツマ様を橋で見つけた夜、俺が豚乗せたトラックにはねられかけたアレと思われる。


 俺たち二人を乗せた馬車はガタゴトと振動を続けて走っていく。

 外の景色は見るなと言われているので、今どこを走っているのかはわからないが、少なくとも舗装された道路ではない。

 茜色の西日がカーテンの隙間から差し込んで眩しい。

 サツマ様と空気最悪のアフターヌーンティーを嗜んだ後、俺は再び外出してソコロフと落ち合い、彼が用意した馬車に乗せられていた。


「死にかけたショックで忘れている可能性は大いにあるよな」


「ええ。シラナミ師団長には、昼間お父上から伺ったことはお話していませんよね?」


「もちろん」


「人は知らない方が良いこともあります。彼には何も知らずに、あなた方の世界に再び転移してもらいます」


 ソコロフの頬に残忍な笑みが浮かぶ。


「悪いけど、その策に俺は乗ったつもりはない」


「けど、こうして僕らの提案に応じてくれていますよね。何故です?」


「自分の目や耳で真実を確かめたいだけだ。心臓が息の根を止めるまで、ひた走るのが刑事なんだ」


 昔のドラマからパクった名台詞に、おやまあ、とソコロフはわざとらしく感嘆した。


「あなたは刑事というよりSの方では?」


「俺は善良な街のお巡りさんだよ。そっちこそ、単なる事務屋には思えないのだけど」


「そうですね。バレてしまったら仕方ない。王妃のお遣いができるくらいですから、できる事務屋です」


 簡単には尻尾を出さない完璧な奴だ。

 でも、深く追求する必要は今はないので見逃そう。


「おや、着いたようです」


 振動が止まり、微かに馬のいななきが聞こえた。


 ソコロフ自らドアを開け、促されるままに降りると、北欧っぽい森が広がっていた。

 うん、自分の適当厨二設定を目のあたりにするのつらい。何の嫌がらせ?


 正面には赤ずきんのおばあさんの家みたいな、赤いお屋根に煙突がキュートだがステレオタイプなファンタジー風ログハウスが夕陽を浴びて佇んでいた。


「既に中でお待ちです。今からだと10分程度しか取れませんが」


「10分もあれば十分、だと思う」


 身体中の刑事魂よ、オラに力を!


 あんま全力で仕事してなかったけど


 怒られない、残業しないがモットーの窓際だけど


 大きく深呼吸をして、刑事スイッチをオンにしてから、俺はログハウスのドアをノックした。


 程なく女性の細く愛らしい声で入るようにと返事があった。


 平常心を装い、ドアをゆっくりと丁寧に開ける。


 暖炉と応接セットの設置された赤ずきんちゃんのおばあちゃんち風の内装の家の中。


 一人の小柄で華奢な女性がこちらを向いて立っていた。


 化粧っ気もなく、絹糸のような美しい金髪をハーフアップにし、黒のシンプルなロングワンピースと地味な装いだが、体の芯から滲み出る高貴なオーラは隠し切れていなかった。


 女性は見る者全てを虜にしてしまいそうな魅力的な笑顔で俺に笑いかけ、スカートをつまみ、優雅な仕草で礼をした。


「ルサンチマン王国王女のボニー・ルサンチマンです。はじめまして。もう一人のサツマ」

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