第5話 知らなくていいこと

 ボニー王女は確かに美しく高貴で可憐な人だったが、物憂げで何かに怯えているような雰囲気のある人だった。

 ソファに腰掛け、神妙な顔で膝の上でハンカチを握り締めている姿も実にいじらしい。

 俺が想像していた道楽三昧の自由奔放なわがままビッ◯とは大分違う印象だ。


「ソコロフやシラナミ大佐からお聞きになっておりますでしょうが、私からもお願いしたいのです。サツマをあなたが暮らす異世界に連れて行ってください。無責任で勝手なお願いだというのは、私も重々承知の上です。私たちにはもう、これしか策がなくて……」


 うっ、と声を詰まらせ、王女はレースのハンカチで目元を押さえた。

 男の庇護欲をくすぐる完璧な仕草よなあ、もしや清楚系ビッ◯? などと疑いを持ってしまう程度には俺の性根は捻くれている。

 職業病だ。


「王女様は、サツマ様をどのように思っていらっしゃるのですか? 好きだとか嫌いだとか、大事だとかそうじゃないとか、嫌いではないけど、こういうところは嫌で困ってるとか、何でも感じていることをお聞かせ願います」


 俺の質問に王女は淀みなく答える。


「幼い頃から仕えてくれていましたし、人としては嫌いではありません。ただ、思い込みが激しく、私のためなら何でもしてしまうところがあって、国にとっては良くないと感じています」


「だから、異世界に追放したいと」


「はい。私にも情があります。サツマには、長い期間、よく尽くしてもらいました。一部の過激な者たちの言うような血生臭いことにはしたくないのです。もちろん、無報酬ではありません。人一人引きとっていただくのですから、相応の代償はお渡しします」


「金銀財宝でしたら、そちらの世界でも換金するなりして資金になるでしょう?」


 ソコロフが不敵な笑みを浮かべて補足した。


「お願いです、白波様。私を、この国を助けてください」


 王女は深々と頭を下げた。俺なんかに。

 でも、俺はたやすく了承はできなかった。


「王女様、失礼ですが、本当にそれだけの理由でサツマ様を追放しようとしているのですか? お忙しいでしょうに、わざわざこんなところにお忍びでやってきて、直接俺に頭を下げるまでして。ソコロフやシラナミ大佐に任せていたって良かったのに」


「それは、どういうことでしょう?」


 アクアマリンのような水色の瞳が不安げに揺れた。


「あなた、まだ隠していることがあるのではないですか? 別に俺は告げ口はしませんし、サツマ様のことも好きでも何でもないので、正直にお話ししてくださって構いません」


「白波さん! ボニー様、答えなくて良いのですよ」


 初めてソコロフの顔に狼狽の表情が見えた。いい気味だ。

 反して、ボニー王女はすっと息を吸うと、唾を飲み込み、真っ直ぐ俺を見つめた。


「私は今年28歳になります。この世界では既に行き遅れです」


「ボニー様!」


 ソコロフが制したが、王女は介せず続ける。


「今まで、何人か親密になった殿方もいました。でも、みんな私の元を去るか、死んでしまいました」


 可憐な桜の花びらのような唇をきつく噛みしめてから、王女は強い口調で言い切った。


「サツマのせいです。サツマは私が恋した殿方を勝手に私に付き纏う不届き者と決めつけました。当てつけに、目の前でキスをしたり、時には夜の営みをしているのを見せつけてもです! 私が騙されていると言って聞かず、それでも愛を貫こうとしてくれた殿方は、みんな不審死をしました。死にたくないからと別れを告げてきた殿方を私は引き止められません! このままでは、私はサツマと結婚するか、一生一人で過ごすかです! そんなの嫌っ!」


 興奮したのか、王女は肩で息をし、顔を覆い、声を上げて泣き始めた。

 ソコロフがその細い肩を抱き、さすってやる。


「白波さん、時間です。もうこれで勘弁してください。お望みの物は何でも差し上げます。ですから、私たちの要求を飲んでいただけませんか?」


 俺は無言で頷くしかなかった。

 刑事魂なんか出すんじゃなかったと猛烈に公開した。

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