第2話 英文Tシャツ

 イオ◯川岸店は田園地帯の中に突如と現れる巨大ビルヂングだった。広大な敷地の中には4階建のビル以外にも駐車場やら駐輪場が広がっている。

 まるで宮殿だ。

 車という乗り物は家の近所やテレビで目にしたことがあったが、ここまで沢山集合しているのを見るのも、乗るのも初めてだった。


 眼鏡の車は黒色の地味なもので、他の車に比べて小さいように感じられた。

 そう伝えると「ケイだから」と言われた。


 車を駐車場に置き、てくてくと数十メートル歩いてたどり着いたイオ◯のエントランスに、俺は圧倒された。


 昼間だというのに、内部は眩い程の照明で照らされており、多勢の人々が行き交う太い通路を中心に左右には華やかな広告や商品を掲げた小売店舗が整然と並んでいる。

 ビルの奥の方が吹き抜けになっていて、天井から柔らかい陽射しが降り注ぎ、その下を自動で動く階段や風船を組み合わせて作った巨大オブジェがそびえる。

 飲食店があるのか、食べ物の香ばしい香りも鼻腔をくすぐった。


 未来だ。

 都の市場を遥かに超える商業施設が、こんな片田舎に平然とあるなんて、日本という国はどこまで大国なのだろう。


 7、8歳くらいの男の子が母親に、エントランスに置いてある買い物中に商品を載せるのに使うカートを使いたいとせがんでいた。

 母親は、今日はそんなに買わないのにとごちながらも、息子の願いを聞き、親子はカートを押して俺の横をすり抜けて行った。


 俺もあれ押したい!


 眼鏡に頼もうと振り返ると、眼鏡は渋い顔で言った。


「今はだめ。後で食いもん買う時な。それより早く行くぞ。服買うんだろ?」


 カートは後の楽しみに取っておき、俺たちは資本主義の迷宮に足を踏み入れた。


 エスカレーターという動く階段に恐々乗ると、眼鏡は聞いてもいないのに、日本のメンズファッションについての講釈を垂れ始めた。


「ルサンチマン王国はさ、ゴテゴテした服とか鎖とかボタン沢山とか真っ黒とかがカッコいいみたいな風潮あったと思うけど、こっちは違うから。そういうのかっこよく着れる人は選ばれたNYのファッショニスタだけだから。俺やお前みたいな一般的な平たい顔の足の短い日本人は無難が一番。基本がなってない奴に上級向けの服は危険過ぎる。お洒落したかったら、サラリーマン向けの雑誌に出てる服真似して着てりゃいいんだ。間違えても……」


 エスカレーターを降りた正面に、早速俺好みの服が展示されていた。

 客は10代の若者が多いようだが、別に大人が着ても問題ないはず、とその店に吸い寄せられた俺のジャージの袖を眼鏡が掴んだ。


「言ってるそばから。ああいう英文がびっちり書いてあるTシャツはお洒落に目覚めたガキが手を出しがちな危険アイテムだから気を付けろ。ガキならまだしも、31が手を出して良いものではない」


「そうなのか? なら、あっちにあるベルトが沢山ついた細身の黒いズボンも良いな」


「厨二趣味から離れろ。俺たちが向かうべきはユニクロだ。シンプルイズベスト! ジャ◯コのユニクロはすげえ広いんだぞ」


 文字通り後ろ髪を引かれながら連行されたのは、イオ◯に入居する店の中でも屈指の売り場面積を誇るユニクロという服屋だった。


「できるだけ値下げしてるの買えよ」


 眼鏡の言う通り、シンプルな服が多く、琴線に触れないが、シンプルイズベストを合言葉に今シーズン着る服を一式購入した。


 下着も見ようとしたら、眼鏡に「下着はジャ◯コの方が安い」と耳打ちされて止められた。


 早くパンツくらい自由に買える身になりたい。

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