第7話 罪滅ぼし

 とっくに停止している乾燥機の中を覗いた時から、嫌な予感はしていた。

 だから、俺はすっかりしょげてしまったサツマ2号の視線を自分の体で遮るようにして、例の厨二暴発コスプレ衣装を取り出した。


 うん。


 やっちゃったね。


 いや、前言撤回。


 本当は乾燥機のスイッチ入れた時に、既に一抹の不安はあったんだ。

 でもさ、クリーニング出すと時間かかるし高いだろうから、いっかって、大丈夫だよって自分に言い聞かせてスイッチ入れちゃったんだ。


 しかし、問題はこの惨状をいかにサツマ2号に伝えるかだ。

 隠し通せはしないので、潔く白状するしかないけど、目に見えて落ち込んでいる彼に更なる悲報を告げるのは少し心が痛んだ。

 自分そっくりとはいえね。


 逡巡した挙句、俺はできるだけ明るく大したことないように伝えることにした。


「ごっめーん! 何かあ、乾燥機の調子がちょーっと悪かったみたいで服縮んじゃた。これじゃあ着れないね。子供サイズだよ。あはは。どこで買ったの? アマゾン? Yahoo? 弁償するよ」



「あ……ああああああああああああああああ!」



 慟哭し、サツマ2号はコインランドリーの床に膝をついた。

 やべ、選択肢間違えた。


「ごめん。乾燥機が悪かったみたいで。な。そうだ、飯食ったらアイス食べよう。奢るよ、ガリガリ君」


「ああああああああああああああああ」


 長髪を振り乱し、頭を抱えたままサツマ2号は首を振った。

 色々堪えていたものが放出されたのか、悲痛な叫びはやまない。

 やべえ、あんま騒がれると警察呼ばれる。

 仮病で休んでるのがバレるのも、また特別捜査係の白波かよ、と呆れられるのも避けたかった。


「ごめん、ごめんって。お詫びに何でもするから。何が良い?」


「あああああ……何でも?」


 慟哭がやみ、サツマ2号は上目遣いで俺を見上げた。


「う、うん。できることなら」


 思わず発した出まかせに早くも俺は後悔していたが、状況的に後に引けなくなっていた。


 なら、と真剣な面持ちで2号は続けた。


「まず、俺がこの世界にとって異世界人であることを信じて欲しい。俺の頭は正常だ」


「お、おう」


 信じられないけど、そういうことで保留しといてやるか……。


「それから、しばらくお主の家に住まわせてくれ。家事はやるから。ちゃんと元の世界に戻る方法を探すとか、戻れなくても仕事を探して働く」


 そうだよね、そうなるよね。

 サツマ2号は、ないない尽くしだが、今、一番すぐに得られるのは住所だ。

 俺が首肯さえすれば、うちが奴の住所になる。

 すげえ嫌だけど。けど、作戦変更だなんて言ったが、現状八方塞がりなのは認めざるを得ない。

 サツマ2号を助けられるのは俺だけだ。

 異世界云々はともかく、こいつについて慎重に調べたいこともある。

 うちに住まわせてやるしかないか……。


 ただ、その後が問題だ。


「さっきも散々言われたけど、戸籍も何もなくて働くの難しいぞ」


「じゃあ、戸籍を作る」


 現代日本でも、事情があって無戸籍になっている人がいて、その人たちの戸籍を作る制度があるのは俺も何となく知っている。

 よって、できないことはないのだろうけど、手間も時間もかかりそうだよな……。


「あのさ、サツマ2号よ。最終的に元の世界に戻るなり、自立するなりする心意気があるのは分かったけど、その間の生活費は……」


「刀を売る。足りない部分は申し訳ないが、出世払いにさせてもらいたい」


 あー、金目のもの持ってたんだ、と胸を撫で下ろしかけて、俺は目を剥いた。


「刀って、昨日持ってなかったよね。どこか隠してるの?」


「この世界に来る直前まであったのだが、どこかにやってしまったようだ。大きいものだし、昨日の橋の近辺を探せば出てくるはずだ」


 銃刀法的にかなりアウトじゃん、と確信した。

 彼には悪いが、むしろ一生誰にも見つからない方がみんなが幸せなやつだ。

 一応しばらくさりげなく、署に届けられた落とし物をチェックしよう。


「帰りに少し橋の周り探そっか」


 全く気持ちのこもらない返答だったが、サツマ2号は目を輝かせた。

 黒曜石のような瞳は、薄っすら潤んでいた。

 変な奴だし、俺と一卵性双生児の如くそっくりな見た目だが、性格は俺より素直で純粋なのかもしれない。


「じゃあ、置いてくれるんだな! 俺を。良かった……。助かった。ありがとう、この世界の白波薩摩」


「自立できるまでだからな」


 長期間ニートを養う余裕は俺にはない。すみやかに自立して出て行ってもらいたい。


 ついでにここらで棚に上げていた問題を一つ解決したさせておくか。


「ところで、白波薩摩って言いづらいだろ。薩摩でいいよ」


 同姓同名めんどくせえ。しかも顔まで同じとかねえ。

 しばらく同居するにあたり、呼び名問題は早急に解決しておくべき問題だ。


 俺の提案に、女子高生みたいに毛先を指に巻き付けながら、サツマ2号は堂々たる態度で応じた。


「薩摩では俺と混ざる。お主は眼鏡だな。眼鏡かけているし。俺のことはサツマ様と気安く呼んでくれ」


 こいつやっぱ絶妙にムカつく。


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