第6話 住居不定無職+無戸籍、無保険
「とりあえず生活保護って考え、そういうのが一番困るんですよ。福祉はね、本当に困ってる人のためにあるのです。若くて健康な人は働いてください」
頭頂部がはげた中年の役人は、ぶっきらぼうに吐き捨てた。
朝一で窓口を訪れてから、書類を書いたり、検討するから待てと言われて、ソファで待ちぼうけをくらったり、色々あって、既に3時間が経過していた。
結局、近衛師団の軍服は朝になっても濡れていたので、行きがけにコインランドリーとかいう店にある乾燥機とやらに入れてきた。
乾燥機はその名のとおり、服を短時間で乾かす魔法の機械らしい。
よって俺は昨日借りた小豆色の衣のままだ。
すかさず、白波薩摩がカウンターから身を乗り出して反論する。
「働けと簡単に仰いますけど、こいつシャンプーの使い方も知らない原始人ですよ。おまけに自分が異世界人だっていう妄想に支配されているんです。生活保護を受けさせながら、頭の治療しないと自立なんてできません。良いんですか? 保護がもらえず、住所不定無職で食うに困って強盗するかもしれませんよ」
「犯罪抑制こそ、おたく様のお仕事ですよね。えっと、白波さん。そもそもこの人、あなたの双子のご兄弟ですよね? 何故あなたが面倒を見ないで行政に丸投げするのです。偽名まで名乗らせて。全く」
「だーかーらー! 俺に双子の兄弟なんていないんですって。戸籍見てくださいよ! 俺の本籍地、川岸市ですから、戸籍係行けばすぐ見れるでしょ」
「役所が縦割りなのは白波さんもご存知でしょう。とにかく、本名も生年月日も本籍地も本当のことを言わない。健康なのに病気だと言い張る。そういう方にですね……」
「俺困ってるんです。一生懸命働いてるのに、こいつ働きもしないで、俺の金でパチンコやりまくって。縁切りたいんです」
「ご兄弟なのか他人なのかどっちなのです。血縁関係がないのなら扶養義務もないのですし、さっさと縁切りすれば良いかと」
「他人です! 扶養義務無くたって病人放り出す訳行かないから、こうして福祉に繋ごうとしてるんです」
激しく言い争う二人を前に、俺はどんどん心細さを増していった。
二人の話していることは、一部理解できないところもあったが、高度に国民が管理されたこの世界では、俺の存在はとても不安定なものだというのは分かった。
戸籍もなく、家もなく、仕事もなく、どこから生まれたのも分からない。
そんな人間が一人で生きていく場所がこの世界にはない。
昨日の今頃はまだ、近衛師団長室で多勢の部下を動かしていたのに、落差が大きすぎる。
俺自身には何の変化もないのに、異世界人となっただけで、今まで築いてきた地位や名誉どころか、存在する権利すら奪われてしまったことに愕然とした。
「とにかく、うちでは無理です!」
フロア中に響く声で役人は宣言すると、席を蹴り、奥の事務机に戻ってしまった。
「追いかけないのか」
尋ねたが、白波薩摩は首を横に振った。
「さすがに無理だわ。しょうがないから、病院……」
ここまで言って、白波薩摩は頭を抱えた。
「どうした?」
「お前、無保険じゃん……。医療費やばいことになる。だめだ。一回作戦考え直そう。コインランドリー寄って、服回収したら昼飯食おう」
朝から目まぐるしく様々なことが起こっていたので忘れていたが、俺も腹が減っていた。
もう正午を過ぎている。
異論はなかった。
ぶつぶつと独り言を言いながら歩く白波薩摩と共に、とぼとぼと市役所を後にした。
そして、不安でいっぱいの俺を更なる不幸が襲う。
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