第5話 限りなく自分に近い異世界人

「へー。君はルサンチマン王国ではかなり偉い人なんだね、すごいねー」


「ああ。部下は3000人いたし、国王一家への謁見も許されていた。勲章もたくさんもらった」


「ワースゴーイ」


 サツマ2号は依然と警戒は解いていない様子だったが、訥々とルサンチマン王国のことや自分の境遇を語ってくれた。

 嘘を吐いているようには見えないので、ラノベみたいな設定も彼にとっては全て真実なのだろう。


 一方俺は、ポーカーフェイスで相槌を打ちながらも内心は動揺しまくっていた。

 妄想と現実の区別がつかなくなり、本人的には現実である妄想を理路整然と語るタイプの人種は、警察官を10年近くやっていれば、そこそこの頻度で遭遇する。

自分にそっくりな顔でやられるとこちらもヘビーな精神的ダメージは受けるけど、でも俺はタフなお巡りさんなので、目を瞑れる。

 俺にとっての真の問題はルサンチマン王国諸々の妄想の内容なのだが、諸事情により指摘できないのがもどかしい。


「そういえば、君は呼んだら迎えに来てくれそうな家族とか友達いないの?」


 普段の彼を知る人からも事情を聞きたいと思ったのだが、サツマ2号は半乾きの長髪を揺らして首を横にした。


「家族は両親と妹がいるが、10年以上前に絶縁している。友人は一人もいない」


 ヘビーな境遇だが、世間全体として珍しいかというと、実はそうでもなかったりする。

 現代社会の闇は深い。


「親御さんや妹さんの名前や連絡先分かる?」


 やや躊躇してから告げられたサツマ2号の親族の名前は、俺の両親や妹と全く同じだった。

 けれど、続く実家の住所は聞いたこともない地名だ。

 俺に寄せようとしているのか、違いを出そうとしているのかはっきりして欲しい。


「友達が一人もいないのはともかく、家族は何で絶縁したの?」


 答えてもらえないのも了解済みで尋ねた。

 だが、サツマ2号はやけに誇らしげに正面を見据えて言った。


「大事な方を守るためだ」


「はい?」


「絶縁した当時はまだ師団長の職にはなかったけれど、家族とか友人とかのしがらみがあると、全てをかけてボニー様、王妃を守れないと痛感していた。だから、俺から縁を切った」


 ぞくっと背筋に寒気が走った。

 そんなのアニメとか映画の献身系ダークヒーローの言い分だ。

 平和な法治国家に暮らす現代人の言ではない。


「よく分からないけど、実家と恋人?ってどっちも違う次元で大事なものじゃないのかな。どっちも大事でどっちも大事にするってのはだめなのかな」


「だめだ」


 即答された。


「俺は身も心も全て王家に、ボニー様に捧げると決意している。他には何もいらない。家族も友人もだ。それからボニー様は恋人ではない。恐れ多いぞ」


 怖っ! 重っ! ストーカー気質こじらせてるよ。

 唯一救いなのは(救いか?)、ボニー様はじめ、彼の話が全て妄想である可能性が高いことくらいだ。


 もし俺がボニー様とやらだったら、こんな無気味なファンはノーサンキューだけど。


「話変わるけど、随分髪長いよね。何かポリシーあるの?」


 女でもここまで長いのはほとんど見かけない。さっきは汚れていたので、伸ばしっぱなしの乱れ髪に見えたが、改めて見ると見事なものである。


 毛先を女の子みたいに指先に巻き付けながら、サツマ2号は少しはにかんだ。

 やめろ。俺と同じ顔でぶりっ子すんな。


「昔、ボニー様に黒くて真っ直ぐで綺麗だから、伸ばしたらいいって言われたんだ」


 またボニー様ですか。

 呆れて閉口していると、2号は自ら話し出した。


「ここまで話して確信した。信じてもらえないかもしれないが、俺はこの世界の人間ではないと思われる。ルサンチマン王国はこの世界には存在しないのだろう? 人喰い川に落ちて、一度死んだと思ったのだが、目が覚めたらさっきの川にいたんだ。元の世界に戻れるのかも分からない。これからどうやって生きていけば良いのだろう」


 あ……。色々悟った。


 交番勤務時代に培った慈愛に満ちた微笑みを貼り付け、慰めてやった。


「分かった分かった。明日、異世界人でも何とか生きてけるようにしてくれる所に連れてってやるから。さあ、今日はもう遅いから寝ような。髪乾いたか? まだだったらドライヤー使えよ」


 ごめんなさい、川岸市役所保護課の皆さん。かなりアレな奴だけど、よろしくたのんます。

 心の中で市役所の職員さんと納税者の皆さんにそっと手を合わせた。

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