走れ混世魔王

@Miriam

第1話

「兄者、では行くか。」

「うむ。」


別に戦国時代でもないのに妙な言葉づかいなのは、我ら双子がオタクだからであった。

きょう開催される市民マラソンに出場するために家を出る。


マラソンオタクでもないいわゆる普通のオタクなのに、特に走りたくもないフルマラソンにわざわざ出場するのには訳がある。

簡単に説明すると生きるため。


我ら兄弟、年も35歳を超えたというのに住所不定無職、最終学歴は中学中退。

別に家庭が荒れていた訳でも怠けていた訳でもない。


数か月前に日本に戻ってくるまでの20年間以上、異世界に召喚されてたんだよ。

1995年、中学三年生の5月のある日、トラックに轢かれた訳でもないがいきなり地面に出てきた魔方陣に吸い込まれて、気が付くとそこは異世界。


眼を白黒させている我らに、清楚な王女と教会の聖女が説明してくれたところによると、召喚された中世ファンタジー風世界では、魔王の侵略によって人類の危機との説明。

中学でも部活は帰宅部でオタク活動のみをしていた我らはその説明に胸を躍らせ、オタク的素養のおかげですんなりと説明を受け入れた。


それに加えて「勇者様、あなた方だけが頼りです。」と可憐で清楚な美少女が胸を押し付けながら懇願してくるのにいい気になって、その後の歓迎の宴の最中に記憶が途切れた。

眼が覚めて弟共々ベッドみたいな台に拘束されてるのに気付いて、痛みに確認してみれば胸と背中にびっしりと絡みつく様な魔術刻印が施されて、王女と聖女はさっきとは打って変わって家畜をみるような蔑みの眼で見てきた。


いくら平和ボケな日本で生まれ育って中学生とはいえ、もう少し疑えよ当時の我ら!

そこからの記憶が飛び飛びではっきりしないが、時折意識がハッキリするたびに年を取って体が成長して、磨かれた剣の腹や水面に映る自分の顔、お互いの顔が老けているのは分かってゾッとしたのは覚えている。


そして数か月前、気が付けば住んでた街の河川敷に倒れてたのを発見されてた。

想像になるが、おそらく最後に魔王討伐に送り込まれて、攻撃を喰らった拍子に刻印が破壊されたからセーフティとして日本に送り返すように設定されてたんだろう。


魔王の領域に入って刻印の効果が薄れたのか、最後に城みたいなところで双子の魔族の若い女と戦ったのは覚えている。

二人とも顔は美人だったけど片方は巨乳、もう片方は貧乳だったのが印象に残ってるだけだ。


あの世界の我らを召喚したクソ共、もしまた召喚されたら絶対に皆殺しにしてやる。

しかしその方法も分からず、何よりも今が2016年で召喚されてから20年以上経ってて、行方不明でとっくに死んでた事になってる我ら兄弟だと確認されて大騒ぎ。


役所をたらい回しにされて、うんざりするほどの手続きを続けて、TVや雑誌に追いかけられつつ忙しく過ごすうちに人の噂も75日、ようやく落ち着いて来た。

中学時代の同級生達からも興味本位の連絡があったけど全部断った。


もう人に利用されたり関わったりするのは絶対に御免蒙る。

両親は10年ほど前に交通事故で死んでおり、家やら遺産やらも親戚に全部取られて、20年ぶりに顔を合わせた最初の台詞が「なんだ、生きてたのか。 遺産はもうないぞ。」と厄介者扱いだった。


異世界で奴隷労働20年の後で帰ってみれば、誰も味方がいないってどういう事だよ。

それに世の中の移り変わりというか変化がありすぎて、正直すぐにはついていけん。


召喚されたのが1995年の5月、1月に阪神大震災があって、3月にサリン事件があって、当時読みふけっていたパソコン雑誌にはアメリカのマイクロソフトが画期的なOSを発売するとか書いてあった。

スーパーファミコンがまだまだ現役だったけどプレイステーション発売されて、ちょっと前にアーケードに入った鉄拳をそのまま遊べるってんで、学校が終わったら直帰で弟と猿のようにやってた。


インターネットという、世界中がつながるネットワークとかいう良く分からない物が出てきて、何に使えるのか良く分からないけどオタクとしては押さえておくかと弟と喋ってたのを覚えている。

アニメも、なかなか続きがなかなか発売されなくてイライラしてたジャイアントロボのOVAの6巻がもうすぐ出るから楽しみにしてたんだよな。


それが今や、当時の事件ははるか昔の出来事で、プレイステーションも4とか発売されてて、鉄拳も7とか出てるし、マイクロソフトのOSはバージョン10だよ。

しかもそれらすべてがインターネット、しかも光ファイバーとかいうので1ギガとか10ギガとか良く分からん超速でつながってるらしい。


街を歩いている全員がスマフォとかいうインターネットの出来る携帯式の電話を持ってて、それを使って会話したり買い物したりゲームしたりとか、完全に浦島太郎状態だ。

その小さなスマフォというのが召喚された当時のPCやプレステよりも高性能ってなんだよ。


世の中のそんな変化に日々驚きつつ、これからどうしようというのを弟と話し合った。

なんとか本人だと認められて、役所から当面の生活用にいくらか支給されたけど、それもまもなく切れる。


こっちに戻された時に剣とか魔法の触媒の指輪とか持ってたはずなんだけど、半分意識がないまま連れていかれた場所で着替えたっきりそのままだ。

その後すぐに長時間の取り調べというか事情聴取が始まったし。


さすがにありのままに説明しても頭がおかしいと思われて、どこかに収容されそうだったので黙っておいた。

しかし適当なカバーストーリーも考えつかずに、単に記憶喪失で通した。


今の施設を追い出されたら住所不定無職、職歴無しの35歳のおっさん二人、インターネットの掲示板とかいうのでは世間的には「詰み」状態らしい。

しかしまがりなりにも異世界で20年以上血みどろで勇者として戦ってきた我ら、こっちの世界では超人レベルの身体能力がある。


さらに身体強化の魔法でブーストも可能だし、失われた20年を取り戻すためにこれを使わない手はない。

弟と何をするかと考えた結果、もう争い事はたくさんだし、陸上競技とか球技とかを手当たり次第にやるかと決めた。


オリンピックの全種目の世界記録をぶっちぎりで更新して、これからの人生は自分らのためだけに生きると決めた。

金を稼いだらデカいマンションでも買って、そこに引き籠って20年分のゲームをやってアニメを見るんだ。


調べた結果、運よく近くの街の市民マラソンがもうすぐあるのが分かった。

そんなに有名でもないけど海外からゲストランナーが何人か来るし、正式なマラソンなので記録も公式に認定される。

これだな。


その市民マラソンはガチのランナー以外にも、お祭り気分で参加する人が結構いるらしいので、コスプレして走る人も結構いるらしい。

それに、良く分からんけど最近のアニメの聖地とかに近いらしく、今年は特に多いそうだからおあつらえ向きだ。


「兄者、我らも何かコスプレをするべし。」

「うむ、走るとなればアレで決まりだな。」


楽しみにしてたジャイアントロボのOVAも20年遅れでインターネットで見て、エピソード6の十傑集勢ぞろいが素敵すぎの面白すぎたので、この興奮冷めぬままに実行だ。

OVAも最後まで見たけど、あの話で一番悪いのはフォーグラー博士だと弟者と意見が一致した。

息子さんの最後の魂の叫びの通りだと思いますよ。


二日後、20年ぶりのオタクの聖地秋葉原のコスプレショップで、最先端のオタク事情を満喫するついでに、混世魔王な人と真昼の人の衣装をゲットした。

何でも売ってるな。


メイド喫茶というのにかなり心を惹かれたけど、金も心もとないし、何より女は恐ろしいのでやめておいた。

ゴリラの看板のカレー屋で、妙に黒っぽいカレーの大盛りを食って帰った。


しかしコンピューターの進歩ってのはえげつないな。

召喚される前はペンティアムPCではしゃいでたけど、ジャンク屋にもそんな骨董品は影も形もない。


家に帰り、早速ゲットしたコスプレ衣装を着てみた。

血みどろの戦いを20年続け、戦わせるために食事だけはちゃんと与えられてたのか体はメキメキと成長して、二人とも身長190センチ越え、体重120キロで体脂肪率5%のガチムチの化け物だから、腕や胸に太腿がきつかった。


仕立て直しに出したのを三日後に受け取り、再度着てみる。

ピンクのマントが眼に眩しく、自前の髪の毛は短髪なので、カツラと付け髭もセット。


ちょっとガチムチ過ぎだが、鏡には混世魔王なピンクのマントの人と、怪しさ満点の四角帽子に不思議アイマスクの真昼の人が映っている。

銅銭を操ったりは出来ないけど、その代わりに各種魔法は使えるし、強さ的にはガチでリアル十傑集レベルだ。


今日から後、こっちが有名になって金が儲かってきたら親戚のクソ共や世間もすり寄ってくるだろうけど、異世界でもこっちでも世間の冷たさってのを身に染みて知った。

これからはこちらがいい目を見させてもらう番だ。


「兄者、では行くか。」

「うむ。」


家からマラソンのスタート地点までは電車で二駅。

車なんか持ってないしタクシー乗る金も勿体ないので、コスプレ衣装のままで徒歩と電車で移動だ。


自分で走った方が早いけど、我らの力は鮮烈デビューの後に派手に売り付けたいから我慢だ。

もちろんすれ違う全員が奇異の眼で見てきて、失礼にも指差して笑ってる奴や、スマフォで写真を撮ってくるのもいたけど無視。


駅のホームでも電車の中でも我らが入った途端にそれまでのお喋りがピタッと止んで、直接にあるいはさりげなく全員がこちらを注視してきた。

これからの歴史的瞬間に立ち会えた、我が身の幸運を喜ぶがよい。


やがてマラソンのスタート地点に到着、手続を済ます。

ここまで来るとコスプレしているオタクも結構いて、我らのコスプレの完成度の高さに驚かれはしても、ジロジロみられる事はなくなった。


「十傑集!?」

「ガチだよ。」

「外人かな?」

「完成度たけえ!」

とか別の方向で騒がれて、写真を一緒に撮らせてくださいとか頼まれた。


運営から説明の後、いよいよスタートだ。

このマラソンの参加者は三千人ぐらいで外国からのゲストランナーは先頭で、我ら一般ランナーは後方で団子状態だ。


スタートの号砲と共に、身体強化を発動させて十傑集走りを開始した。

もちろん俺はピンクのマントをなびかせて腕組みしたまま上半身は微動だにせず、弟は左手を背中に回して右手のキセルを口に当てて、完コス状態だ。


まわりのランナーの間を残像のように駆け抜けて、先頭集団に追いついて速攻で抜き去り、先導の白バイも抜き去る。

身体強化も使用した我らの走力は時速100キロ以上、秒速にしても30メートル以上で、100メートル3秒フラットぐらい出ている。


このぐらいのペースなら30分ぐらいで完走できるだろう。

でも30分も走るのは面倒だから、一瞬で終わる100メートル走にしとけばよかったかな。


このマラソンの後は十種競技でもやれば、いちいち個別の競技に出なくても一気に世界記録更新できるな。

そうするか。


一気に10個も世界新記録、しかも空前絶後のを叩き出したらCMやらスポンサーやらいろいろ付くだろう。

100メートルを精々9秒後半で走るボルトとかいう奴の年収が30億とからしいから、我らなら余裕で100億は行くな。


金が入ったらタワーマンションのペントハウスでも買って引き籠ろう。

いや、一度ぐらいはソープランド貸切の酒池肉林でもやるか。


召喚されて10年とか経ってから、たまに結婚してブタみたいに太った王女や聖女の相手を命令で強制されたのしか経験がないしな。

しかもその間だけ意識がハッキリするようにしやがって。


「死ぬまでこの国のために働くのよ。」

「今は私達を満足させなさい。」


とか贅肉だらけのババアのxxxをxxxxさせやがって。

あんなクソビッチどもとの経験しかないとか、人生の汚点だ。


捕らぬ狸の皮算用をしながら、追い抜いた白バイ警官が必死に追いついてくるのを意に介さずそのまま走り続ける。

我らはカーブでもそのままのスピードで曲がるので、そのつど白バイを置き去って疾走する。


走れ、走れ混世魔王!

身代わりになった友人のためではなく、金のために!


走れ、走れ真昼の人!

友の信頼に応えるためではなく、己の生活のために!


走れ、走れ十傑集!

ビッグファイヤーのためではなく、100%自分達のために!


しかし走れメロスのメロスの言動もおかしい。

もともと精神障碍者かと思う短絡さで王の暗殺を企んで、捕まったと思ったら事後承諾で友達を処刑覚悟の身代わりに指定とか、我らを召喚した奴ら並みのおかしさだろ。


しかも、「愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい」とか、「私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス」とか言ってるけどこれもおかしい。

自分のやらかした事の命がけの尻拭いを友達に強制的に頼んでいるのだ。


そもそもが時間内に戻って来て当たり前で差引ゼロの立場というか、それでも勝手に命を賭けさせて土下座して謝る立場なのに、妙に恩着せがましい芝居がかったこの言動はいかがなものか。

花京院の魂を勝手に賭けた承太郎以上の勝手さだぞ。


しかも寝過ごしたり、のんびりしたりとか、突っ込みどころが多過ぎる。

召喚される前の中学生の時なら文部省、今は文部科学省が期待してるような優等生な感想が出たかもしれないが、20年間の命懸けの奴隷生活にこちらでの扱いを経験したら、そんなスレた感想しか沸いてこない。


我らの走るスピードが速すぎて、慌てて交通規制がされていく中を十傑集走りで駆け抜ける。

世界中にこのTV中継も流れるだろうし、インターネットでは「祭り」とやらになってるだろうな。


スポンサー契約も代理人を探そう。

もう人に騙されたり利用されたりすのは懲り懲りだ。


リアル世界に降臨した十傑集が、これからのスポーツ界に君臨する!

我らの前に我らなく、我らの後に我らなし!


完璧なコスプレのせいで、身も心も混世魔王と真昼の人に成りきった我らはそのままゴールした。

記録は22分38秒で、もちろんぶっちぎりの前人未到の世界記録だ。


普通のランナーがゴールする時間まではまだまだあるので、最初から競技場に集まっていた陸上ファンと、目ざとく集まってきた報道陣だけの驚きの中、悠々とウイニングランだ。

この程度では汗もかかないし息も乱れていない。


その場にいた報道陣が一斉に駆け寄ってくる。

よし、これからは酒池肉林と、アニメとゲームだけして生きよう。


と、我らの足元が急に光った。

驚いて下を見ると召喚の魔方陣が展開されて、あっと思う間もなく強制的に転移させられた。


クソがっ!!

また我らの幸せを邪魔するつもりかあのクソビッチども!!


「「お助けください勇者様!!」」

今度は奴隷にはならんぞと弟と臨戦態勢で召喚された場所を見ると、前回送り返される時に戦っていた双子の魔族がいた。


相変わらず美人で、おっぱい星人の俺の眼は片方のお胸様にくぎ付けで、ちっぱい星人の弟の眼はもう片方にくぎ付け。

こいつは何も分かっていない。


向こうもそう思っていたのか一瞬睨み合った。

いや、よそう。

大きさに違いはあれど、お胸様に貴賤なし。

そこにあるというだけで、ただただ尊いのだ。


怪訝な顔の双子に向き合って話を聞いてみると、我らが奴隷として使役されていた国に攻め込まれて、今やこの国は風前の灯状態か。

この双子は我らのような召喚された奴隷勇者に暗殺された魔王の娘で、それ以降は何とか国をまとめているらしい。


我らと戦った時に刻印を破壊して、魔力的な繋がりが出来たから今度は味方として召喚してくれたらしい。

召喚の際にこちらの世界とは数年間の時間的ズレがあるみたいだが、そうと分かれば話は決まった。


こんな美人を妻にできて、あのクソビッチどもの国に恨みを晴らすこの機会、願ってもない。

いっそこの世界を征服して、世界の王でも目指してみるか!

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