第46話 最期の言葉

 アンタはペットを飼っているだろうか?


 ここ最近は家にいる時間が多くなったこともあって、ペットを飼う方も多くなったそうだ。長年共に暮らしていると、ペットのことを家族の一員だと認識している方も多く、実際ウチにも猫がいるが、家族の一員だと思っている。


 もし一緒に暮らすなら犬か猫かというきのこたけのこみたいな議論は昔からされていると思う。近年では鳴いてもほとんど無音に近いウサギや、散歩などの必要がない爬虫類系、熱帯魚なども人気だ。それでもいざ一緒に暮らすならとなると、やはり犬や猫を最初に思い浮かべるだろう。


 そんな彼らと一緒に暮らしていると言葉は通じなくても、彼らにも感情があり、伝えたいことがあることがよくわかる。実際、ウサギを飼っていた頃の話。ウサギはハッキリと鳴くことはないが、ご機嫌だとプープーと鳴き、自分から撫でてと言わんばかりに手のひらを頭に乗っけようとしてくる。代わりに機嫌が悪いとブッブ、ブッブと鳴き、後ろ足でダンッ! と地団駄を踏むような音を出して威嚇してくる。あの可愛らしい見た目から想像つかないだろうが、以外にもこういった鳴き声だったり仕草で感情を伝えてくるのがウサギだ。


 そんな喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、喜怒哀楽を体全体で表現し伝えてくる姿を見ていると、言葉などなくても彼らがなにを自分たちに伝えたいのかが自然とわかるようになってくる。だからこそ人間と同じ、もしくはそれ以上の感情をもって接することができる。


 しかし彼らと一緒に暮らしていると必ず訪れるのが別れだ。これはどの生き物にもあるもので、一年ほどで別れを迎えることもあれば、十数年共に過ごした末の別れもある自然死、事故死、病死などその理由も様々だろう。今回はそんな大切な家族を失った方が体験した不思議な話をお聞きいただこう。



 これはわたしが二十代のころの話。そのころのわたしは社会人としてようやく慣れてきたころで、少しずつだけど大きな仕事も任せられるようになってきて、最初のころは大変だと思っていた仕事も楽しく思えるようになってきていた。


 でも、そんな気持ちが沈んでしまいそうな出来事があった。わたしが小学生のころから一緒に暮らしていた飼い猫が死んでしまった。小学生のころからだから十数年生きたことになる。今まで大きな病気もなかったから、突然の知らせに目の前が真っ暗になった。


 人間にとっての十数年は決して短くはないが、長い人生で見るとあっという間に感じるものだ。けれど彼らにとっての十数年は自分が生まれてからその命を終えるまでの時間しかない。頭のどこかでいつか来るはずの別れを覚悟していたはずなのに、実際に目の当たりにすると頭でわかっていてもやっぱり感情が追いつかなかった。


 久しぶりに実家へ戻ると、家の仏壇には亡くなった祖母の遺影の横に飼い猫の写真が新しく飾ってあった。それを見てわたしはたまらなくなって泣いてしまった。


 実家に帰ったのは何ヶ月ぶりのはずなのに、いつもならわたしが帰ってくると出迎えてくれ、気がついたらいつもそばにいるはずの飼い猫の姿がないといつもと雰囲気が違って見えた。


 夕食の時に両親と飼い猫の話になった。母が言うには、亡くなるちょっと前まで普通にご飯を食べていたからまさかこんなことになるとは思ってもいなかったということだった。父は「俺たちを心配させたくなかったんだよ」とビールを飲みながら話していた。


 自室に戻ってまだ自分の匂いの残るベッドに横になりながらスマホを眺めていた。ふと気がつくと、部屋のドアを少し開けたままにしていた。これは飼い猫がいつでも部屋の中に入ってこられるようにとしていたらいつの間にか癖みたいになってしまっていた。さすがに自宅以外ではやらないけど、無意識のうちにやってしまっていたようだ。……だけどその隙間から入ってくる飼い猫はもういない。


 わたしはそっと部屋のドアを閉めると、飼い猫の死を忘れるように頭を振った。それからまたベッドに横になりながらスマホを眺めていたら知らない間に寝てしまっていた。


 翌日、わたしはひどい倦怠感に襲われていた。インフルエンザにかかったようなくらい辛くて、体を動かすのもやっとだった。母が娘が久しぶりに体調を崩して心配できるのが嬉しかったのか、いつもよりお節介だった。こっちとしては全くそれどころじゃなかった。


 ガンガン響く頭痛と、節々の痛み、それとボーッとする熱にわたしはもう限界だった。飼い猫の死に加えてこの調子でもういっそどうにでもなれー! ってくらい心が荒んでいた。だからだろうか、わたしは妙な夢を見た。夢の内容はあまり覚えていなかったが、いい夢か悪夢かと聞かれたら後者だと思う。うなされていたからそれはなんとなく覚えている。


 色々起こりすぎてなんかもうぐちゃぐちゃになっていて、あー、死んじゃうのかなわたしってなんでか思っていた。ま、それでもいいかな。もし死んだらまたあの子に会えるかもだしなんて。でも今にして思えばずいぶん馬鹿げたこと考えていたなーって感じる。


 すると、どこからかキィーと音がした。ドアを開けるような音だった。夢を見ているはずなのにそれはわかった。あ、わたしの部屋のドアの音だって。


 そしたらトットットット、とリズミカルな足音が聞こえた。そしてベッドの上に何かが乗っかる感触。頭の中でなんでかあの子だって思った。もういないはずなのに。


 そしたら額に冷たくて柔らかい感触があった。あの子がいつも寝ているわたしにやる癖。いつもかまって欲しかったり、ご飯を求めるときにやる癖。前足でわたしの額をポンっと押す。そうするとわたしが起きるってことをわかっていた。


 でも今は違う。まるでわたしを悪夢から覚まさせるためにやってくれているみたいだった。そして『もう大丈夫だよ』と話しかけてくれている気がした。


 わたしがあの子の名前を叫びながら飛び起きると、そこに飼い猫の姿はなかった。


 夢だったのかな。飼い猫が会いにきてくれたような気がして嬉しかったけど、現実はそんなことはなくて、なのに閉めたはずの部屋のドアは開いていた。


 それからわたしの体調はあっという間に良くなった。その日の夕方にはあれだけ動くのも辛かったはずなのに、むしろ体を回復させようとしたのかいつもよりご飯が進んだ。


 あれからわたしは結婚して子供もいる。そしてまた新しい家族を迎えた。


 あの子によく似た真っ白な毛並みの女の子。きっとあの子の生まれ変わりなんだろうと思うくらいそっくりだった。


 あの子と同じ名前をつけて今も家族全員で可愛がっている。時折、寝ているわたしの額を前足で押してくることがある。でも伝えてくる言葉はきっと『大丈夫』ではなくて『ご飯まだ?』なんだろうと思いながら今日もせっせと準備をしている。

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