第47話 託児所の怪

 アンタは迷子になったことはあるだろうか? おっと、人生が迷子だって言うのはナシだ。それは俺のセリフだからな。


 と、そんなつまらない冗談は置いといて、今回は迷子に関する話だ。どんな時代でも迷子というのは必ずいるもので、子供というのは親がどんなに見張っていても知らない間にふらふら〜っとどこかに行ってしまう。ただ今は親として過ごしている人も昔は同じように親に迷惑をかけていたんだから、その気持ちはわからないでもないと思う。


 ふと俺も自分が子供だった頃のことを思い出すと、迷子になってしまって知らない人ばかりのところに一人ぼっちになってしまったときの心細さと孤独感は半端じゃなかった。もういっそこのまま親に見つけてもらえないんじゃないかっていう恐怖があった。まぁ見つけてもらったから今こうしてこんな話をしているわけだが、もし見つけてもらえなかったら今頃どうしていたんだろうと思うとそれはそれで怖いな。


 さて、そんな昔話もほどほどにそろそろ本題へと入ろう。今回お話しするのはある女性が体験した奇妙な出来事。迷子センターにやってくるのは本当に迷子なのだろうか? 日々の中に起こる恐怖体験をお聞きいただきたい。それではどうぞ。



 これはわたしが働くデパートでの体験談。わたしが働くデパートでは毎日なにかしらのトラブルが起きる。こういった大型商業施設に働いていたらトラブルなんてものは日常茶飯事で、簡単な内容であればその売り場担当のスタッフが対処するけれど、どうにもならない内容だったり相手だったりするとフロアの責任者だったり、そのデパートの責任者が対応したりする。ちなみにわたしの担当はインフォメーションセンターというところで、わかりやすく言うと総合案内だろうか。わたしの仕事はその名の通りお客様の案内だったりクレームなどを受け付けたりする。その中には迷子になったお子さんを預かったりというのも仕事としてあった。


 ある時同僚からこんな話を聞かされた。デパート内の託児所で知らない間に人数が増えているというものだった。わたしが働くデパートには従業員用の託児所が完備されていて、日中働く従業員はそこで子供の面倒を見てもらっている。わたしがその話を聞かされたとき従業員の誰かの子供なんじゃない? と言うと、ちゃんと人数はその都度確認はずだし、それに預けられている子供もいつも同じ子ばかりなので知らない子がいたらすぐにわかるとのこと。それなら迷子の子じゃないかと言うと、それも違うということだった。このデパートで迷子が発生すると、この託児所で一時的に預かることになっている。でも同僚いわくそうじゃないということだった。


 同僚の話をさらに詳しく聞くと、おやつの時間に人数分のおやつを持っていくとなぜかひとつ余ったり、預かっているお子さんが「〇〇ちゃん」と話しているのを聞いたとかそんな話だった。この〇〇ちゃんというのが誰なのかわたしは知らなかったが、誰に聞いてもそんな名前の子供は預かっていないと言う。だからその話を聞いたわたしの感想はやっぱりたまたま迷子の子がいただけなんだろうという印象だった。でもそれが一度や二度じゃなくて何度もあること、それと預かっているお子さんが帰る際に「〇〇ちゃんバイバイ」と見えない誰かに話していたことからそんな噂が出回るようになり、それは次第に広がってしばらくするとデパートで働く人なら知らない人はいない託児所の怪と呼ばれるようになっていた。


 そんなある日のこと。わたしが迷子のお子さんを預かって託児所にやってくると、その日子供は一人だけしかいなかった。繁忙期が過ぎてデパートも落ち着いてきた頃だったから、いつもお子さんを連れてきている従業員の方々がお休みをとったこともあってのことだろう。それにしても託児所を利用する際は誰か担当がいるはずなのにそれもいない。もしかしたら迷子の子を預かってたまたま席を外しているだけなのかもしれないと思い、代わりにわたしがその場に残ることにした。


 託児所にいた子は女の子でそこにあった絵本を読んでいた。その子は多分小学生くらいの子で見た感じ大人しそうな子だった。ただ不思議なのは着ている服がなんていうか、今風とはちょっと違う感じのものだった。こんな言い方をするのはよくないかもしれないけど、全体的に古臭いというかわたしが子供の頃に着ていた感じのデザインの服だった。もしかしたら家族のお下がりなのかな? とも思ってそれ以上詮索はしなかった。


 しばらく託児所で迷子の子とその女の子の三人でいると、迷子のお母さんがやってきてわたしが預かっていた子を連れていった。残されたわたしともう一人の女の子。もしかしたらこの子も迷子なのかもしれないと思って、わたしはその子に話しかけた。


「こんにちわ」


 すると女の子は本から顔を上げるとゆっくりとこっちを向いて「こんにちわ」と静かに答えた。内心、内気そうな子だったから声をかけても反応してくれないかもしれないと思っていただけにちょっとだけ驚いた。


「お名前は?」

「〇〇」

「どこから来たの?」

「わからない」

「お母さんは?」

「わからない」

「お父さんとかおばあちゃんとかは?」

「わからない」


 わたしの質問に女の子は答えてくれる。ただ名前以外はわからないと繰り返していた。迷子の子供もそうだけど、こちらの意図している答えと返ってくる答えが違うことはよくある。なので質問を変えることにした。


「その絵本面白い?」

「わからない」

「わからない? どうして?」

「何回も読んだから」

「何回も?」


 わたしが聞き返すと「うん」とだけ答える。そしてまた絵本に視線を戻す。わたしには女の子の答えそのものがわからなかった。


 女の子はそれっきり絵本を読むことに夢中になってしまったのか、わたしが話しかける機会を失ったのか、そのどちらともいえるかもしれない、ことですっかり部屋の中は静かになってしまった。


 それにしても担当が帰ってこない。わたしもそろそろ仕事に持ち場に戻らないといけない。でもこの場から離れるわけにも──。


 そう思っていたはずなのに、気がついたら寝てしまっていた。ここ最近忙しかったからというのもあったのかも。うっすらと視界が開けてくると、寝ているわたしを覗き込む女の子の顔がそこにあった。たまらず悲鳴を上げそうになったけど、なぜか声が出ない。そして体も動かない。


 金縛り!? なんとかして体を動かそうと試みるけど、どうにもならない。


 そうしていると託児所の入り口に誰か立っているのが見えた。うつぶせで寝ているから足元しか見えなかったけど、履いている靴がハイヒールだったことから女性のようだった。するとわたしを覗き込んでいた女の子がその女性に向かって走っていった。女の子とその女性がいなくなるとわたしはようやく動けるようになった。


 慌てて持ち場に戻ると一人で担当していた同僚が怪訝そうに「どうしたの?」と聞いてきた。わたしがさっきあったことを話すと、より一層怪訝そうな顔になった。聞くと、今日は託児所には誰もいない、迷子もさっきわたしが連れていった子以外にはいない、そしてわたしが迷子を連れていってからそれほど時間が経っていないということだった。


 そんなはずはないと言い返したかったが、腕時計の時間はそれほど経っていなかった。でもわたしがあそこで過ごした時間は間違いなくこんなわずかな時間ではなかった。


 そこで思い出した。あの託児所では知らない間に子供が一人増えるという話を。


 まさかさっきの子が例の話の子だったのだろうか。そう思うとわたしは震えが止まらなかった。


 そのことがあってからわたしはそのデパートを辞めてしまった。ちょうど付き合っていた彼氏との結婚話もあったからタイミング的にはちょうど良かったというのもあった。たまに家族でデパートに出かけるとこの体験談を思い出す。そのデパートはすでになくなってしまっているから真相はわからないけど、わたしの手を握るこの子の手だけは決して離さないでいようと強く思う出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る