第44話 隙間
アンタは『おとないさん』という言葉を知っているだろうか?
おとないさんというのは戸の隙間からじっとこちらを覗く幽霊とも妖怪とも知れない存在だ。特別なにか危害を加えてくるようなことはないが、ただじっとこちらを覗かれるというのも気持ちのいいものではないだろう。
このおとないさんんだが、俺が初めてその言葉、存在を知ったのは小学生の頃でその頃流行っていたとあるマンガがきっかけだった。そのマンガのおとないさんも登場人物に危害を加えるような描写はなかったが、その内容にものすごい恐怖心を植え付けられたのを未だに覚えている。
その辺りのことを簡単に話すと、当時俺が寝ていたベッドの向かいには押し入れがあり、建て付けが悪いせいかいつも隙間が開いていた。いつもなら特に気にしないでいたんだけど、その話を読んだ後からその隙間が気になりだして眠れなくなってしまった。もしかしたら向こう側から覗いているんじゃないか、一度でもそう思ってしまうともうダメだった。
そこで俺が思いついたのは隙間を見えなくしてしまえばいいということで、ガムテープで押入れの隙間を見えなくした。結果、隙間は見えなくなったが母親にこっぴどく叱られた。今じゃ隙間があっても気にすることはほとんどなくなったが、たまに寝ているところに隙間が空いていると当時のことを思い出してしまい、そっと閉じることはある。
さて、今回はそんな隙間に関するお話。隙間というのはこの世とあの世の境目とも言われており、さまざまなところにさまざまな形で隙間というものが存在する。そしてその隙間から覗く者も様々。それではお聞きいただこう。
これは俺の後輩が体験したお話。後輩──そうだな、Iさんとしておこうか。Iさんがそれを体験したのは確か高校二年生の夏くらいの頃だったそうだ。
その日Iさんは部活で疲れた体を引きずりながら家に着くと直ぐにお風呂場へと飛び込んだ。毎日猛暑の中、外で部活の練習をしていたから一日中汗だくになり、汗が乾いたそばからまた吹き出すという若者らしい新陳代謝をしていた。そんなこともあったのでこの時期は家に帰るなりシャワーを浴びるのが日課になっていた(それ以上に汗で汚れたまま家の中を歩くなと母親に言われたそうだ)
いつものようにシャワーを浴びているとふと、風呂場の中が涼しいことに気づいた。いつもならドアも窓も閉め切っているため、シャワーだけとはいえ、それなりに室内の気温は上がる。なのに今日に限ってそれがない。
ドアは閉まっている。じゃあ窓か……?
そう思って窓の方を見ると、確かに窓が僅かだが開いていた。そしてその隙間からジィっとこちらを覗き見る目があった。Iさんはとっさに手に持っていたシャワーの口を窓の方に向けた。するとその隙間にあった目は音もなく消えたという。
Iさんが急いで台所にいるはずの母親に「覗き魔が出た!」と叫ぶと、夕食の準備をしていた母親は大声で笑い出した。
「何でアンタなんか覗くのよ」
と。
それでもIさんは間違いなく覗き魔がいたと主張する。それで母親の方もただごとではないと感じ取ったのか、いったん外に出て風呂場の窓があるところまで確認しに行った。
しばらくして母親が戻ってくると「アンタ本当に覗き魔なんて見たの?」と一言。
母親いわく、風呂場の窓の向かいには塀があるらしいのだが、その隙間はかなり狭く、子供くらいの大きさなら何とか通れるものの、大人のそれも男の人だったらまず無理だろうという話だった。ただ実際に起きててしまった以上、またその人物が現れるかもしれないということでその窓が開かないようにしてしまったそうだ。
それっきりというか、それ以来というか、Iさんを覗くあの視線は見ていないという。
俺はこの話を聞いて一つ気がかりなことがあった。そのIさんを覗いていたという視線の主の正体も気になるがどうして“男性であるIさんを覗いていたのだろう”と。それも今じゃ知る由もない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます