第40話 事故物件
事故物件の話をしよう。
事故物件というのは、過去にその部屋またはその場所で何かしらの事件や事故が起き、それにより何かしらの現象が起きる場所を指す。一言で言えばその家またはその場所で人が亡くなっているというものだ。
このように事故物件と聞くと誰でも心霊絡みの話をイメージすると思う。ご多分に漏れず俺もその一人だ。
しかし、人が亡くなっている場所なんてこの世の中どこにでもある。それで照らし合わせるとほとんどの場所が事故物件になってしまう。そのことから自然死(病死なども含む)の場合は事故物件と認定せず、自殺または他殺により死亡した場合のみを事故物件として扱うことも多い。
ところで事故物件の告知義務というものを知っているだろうか? これは新しく入居する方に対してそういったことがあったということを必ず伝えなければいけないというものだ。なぜなら借主がそれと知らずに入居してしまい、後になんらかの不利益を被ってしまうことを防ぐため措置として設けられている。
この告知義務についての定義や告知する期間についての線引き曖昧で、事故が起きた後、一度でも入居した後は告知しない。何ヶ月か住んで問題なければ以降は告知しないなど管理会社や大家さんによって考えは様々だ。
こういったことを防ぐには、不動産会社が掲載している物件情報だけでなく、自身でも色々確認してみるのがいいだろう。
さて、今回はそんな建物に関するお話。俺の知り合いには変わった仕事をしている人が多く、その中に便利屋をしている人がいた。
便利屋は読んで字の如くなんでもする人で、その人の場合主に家の掃除や簡単な大工仕事などを請け負っていた。業務の中には退去後のアパートやマンションのクリーニングというものもあり、その中に事故物件のクリーニングという仕事もあった。その中の一室の写真を見せてもらったことがあるが、まぁなんていうか……色々と生々しい写真だった。
ということで、ご紹介するのはそんな仕事をしている知人がとある事故物件を担当した後で起きたお話。
知人──加藤さんとしておこうか。その日加藤さんはあるアパートの一室の片付けを手伝うことになった。
今回の内容は独居老人が孤独死した部屋の片付けというものだった。近年、社会問題にもなっている老人の孤独死だが、加藤さんは内心ホッとしていた。言い方は悪いが人が亡くなった部屋と言ってもピンキリらしく、今回のように自然死の状態で発見されたのであればまだマシな方らしい。
加藤さんいわく、富山は他殺の物件はほとんどないが、自殺した物件はそれなりに多いそうだ。そしてその内容も様々でちょっとここに書けないような現場もあった。
男性が一人で住んでいたそのアパートは殺風景と言ってもいいくらいの物しかなかったそうだ。最低限の家電と布団。どうやら年金だけで生活していたという。詳しくは聞かなかったそうだが、近所の人によると家族など血縁関係のある人はおらず、訪ねてくるような人もいなかったと教えてくれた。
人間死ぬ時は一人。そんな言葉を残した哲学者がいたが、この現場を見て深くそう考えたと加藤さんは言っていた。最期の最後でたった一人、この何にもない部屋で亡くなられた方は何を思ってその生涯を終えたのだろうかと。
ただそんな感情で仕事をするわけにもいかず、意識を切り替えるといつもの通り作業を始めた。
室内は比較的綺麗にというより、ほとんど使われていないような感じで、作業はそれほど時間がかからないように思われた。作業にかかる前に家具家電を全て外に出して、クリーニングする箇所のチェックを始めることにした。
といってもそれほどの量があるわけじゃなかったため、加藤さんと大家さん、それとバイトが二人の計四人で荷物の運び出しを始めた。
こういった遺品整理をする際、血縁者がいればその方に確認してもらいながら作業するそうなのだが、今回の場合血縁者がいないため、大家さんにその確認者になってもらった。
一つ一つ確認しながら運び出していくと、ふと『カリ、カリ』となにかを引っ掻くような音が聞こえた。どうやらその音は大家さんにも聞こえたらしく「古いアパートなんでネズミでもいるんですかね」と笑っていた。
実際、こういった仕事をしているとネズミや虫などに遭遇することはしょっちゅうあることで、加藤さんも「もしかしたらそうかもしれませんね。害虫駆除なんかもやってますからよかったらどうぞ」とちゃっかり宣伝なんかしていた。
一通り荷物を運び終え、クリーニングする箇所の点検を始める。古いアパートだったが、ここに住んでいた方は綺麗に使っていたようで、そちらの方もほとんど手がかかることなく後日また壁紙や水回りの掃除を行うことにしてその日は帰ったそうだ。
会社に戻ってきて書類の整理や仕事の段取りをしていると、アルバイトで雇っていた一人がこんなことを言い出した。
「なんか物音するんですけど」と。
バイトと一緒に引き取ってきた荷物を見に行くと、また『カリ、カリ』と音がした。加藤さんは大方ネズミかなにかが紛れ込んだんだろう、そう思ったとか。
こういったことはたまにあるそうで、虫とかネズミなんかの小動物が知らない間に荷物の中に紛れ込んでいることがあるらしい。とはいえ放っておくわけにもいかないので、物音のありかを探すことにした。幸い荷物がそれほど多くないことから音の発生源はすぐに特定出来た。
一つのタンスから物音はしているように感じた。引き出しの一つ一つを取り出してみるが、着古した衣類や小物の類が入っているだけで特におかしなところはない。その中の一つに木製の箱が入っていた。
大きさは少し大きめで、見た感じそれなりの材質で作られていた。恐る恐る開けてみると、中に入っていたのは一体の人形だった。人形は雛人形のような和人形で、ただいかにも高そうな箱に入っている割にその人形はとても質素なものだった。
加藤さんはその人形に気味の悪さを感じた。人形だから気味が悪い。そういったのもあったらしいが、それとはまた違った気味悪さがあったとか。
音の原因は特定出来なかったが、それ以上気にすることなくその人形をどうするかはまた大家さんと相談することにして、人形の入った箱は事務所の方へと持っていった。
バイトが帰って一人事務所で事務仕事をしていると、再び『カリ、カリ』と聞こえてきた。こう度々物音がすると、さすがにおかしいと思い始め、もう一度音のする方を探す。すると音はさっき人形が入っていた箱からしていた。
さっき確認したときは人形しか入っていなかった。それなのに物音がする……。
嫌なもん持ってきちゃったなぁ。加藤さんはすぐにその箱をどうにかしたかったが、時間も時間だったため、その日は事務所に置いて家に帰った。
次の日、運び出してきた家具や家電を処分するためにトラックに積み込んでいると、バイトの一人が変わったことを言い出した。
「加藤さんあの人形どうしたんですか?」
「人形? ああ、あの箱に入ってたやつな。アレ昨日の現場から持ってきたんだよ。そこのタンスのなかに入ってた。それがどうした?」
「いや、俺朝来たら人形がデスクの上に置いてあったんでなんだろって思って。竹中に聞いたら昨日引き上げてきたタンスの中に入ってたって言ってて、てっきり事務所に飾るのかと思ってました。」
「は? 俺出してないぞ。中の確認はしたけど、そのあとまた箱に戻したから」
「え? でもデスクの上にありましたよ。あ、もしかしたら竹中がいたずらで置いたんじゃないっすかね。あれなんか気持ちわるいし」
ははは、とバイトの子は笑っていたが、加藤さんはとても笑う気になれなかったそうだ。だって間違いなくあの人形は箱にもどしておいた。もしかしたら彼の言うとおり、もう一人のバイトがいたずらで出した可能性もある。
それを確認したい気持ちもあったが、仕事をしているとすっかりそのことを忘れてしまった。
一日の仕事を終えて事務所に戻ってくると、室内が妙に寒かった。その日は20ど前後の過ごしやすい日で、暖かいとはいえ、冷房を入れるにはまだ早い季節だった。
そういや人形がどうこう言ってたな。
やっと人形のことを思い出し、人形の入った箱を開けると人形は確かにそこにあった。
見れば見るほど気味が悪いな。早いところ大家さんに確認してもらおう。そう思い大家さんに連絡すると時間空いてるから持ってきていいよということで、早速大家さんの家へ車を走らせた。
道はちょうど帰宅ラッシュということもあり、やや渋滞していた。
車が進まないことに対する苛立ちと、この人形を早く何とかしたいという焦りがあった。
すると、
カリ、カリ。
車のエンジン音に混じってまたあの音が聞こえてきた。
今ならわかる。明らかにこの箱の中から聞こえる。
カリ、カリ。
箱の中を開けてしまおうか。そんな思いもあったが、それ以上に恐怖心が勝り、加藤さんはとうとうその箱を近くのゴミ捨て場に捨ててしまった。
大家さんの家に着いてから事情を説明すると、一応確認しようということになり、その箱を捨てた場所までまた戻ることになった。
ゴミ捨て場にはあの箱が残っていて、近づくとやっぱり『カリ、カリ』と音がしていた。
二人は意を決して箱を開けた。中にはやっぱりあの人形が横たわっているだけ。じゃあ音の原因は……? そう思って箱の蓋の方を見るとそこには何かで引っ掻いたような傷がいくつもいくつもあった。
後日、人形を供養するためにお寺さんに持っていくと、住職さんがこう話していたそうだ。
「きっとこの人形にその持ち主の方かまた別の方の念が込められていて、その念が箱から出してほしいと思っていたんじゃないか」と。その証拠にあの人形の胴体には女性の名前が刻まれていて、その方の念がそうさせたということらしい。
どういうわけで亡くなられた男性がその人形を持っていたのか理由はわからないが、加藤さんが体験した不思議な出来事はそれで幕を閉じた──はずだったが、その話を聞いて思ったことがある。
事務所に出ていたという人形。果たして人形はどうやって出てきたのだろうか……? 加藤さんはそれ以上何も語らなかった。
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