第39話 アイヌ人形

 人形の話をしよう。


 人形というのは読んで字のごとく、人の形をもの、または人間以外の動物や架空の生き物も含めたものとされている。大体の場合、人の姿を模したものを思い浮かべるだろう。


 人形と一口に言っても様々な種類がある。玩具としての人形。美術、工芸品としての人形。かかし人形や教育関連の人形。さらに交通事故を想定した際に用いられる交通人形などだ。


 しかしそれ以外にも人形としての役割がある。それは祭事や呪術などで使用される身代わり人形だ。なお神道の大祓や陰陽師などで使用される和紙製のものはニンギョウではなくヒトガタと呼称される。


 そんな人形だが、古来より人々の生活と密接に関わっているということをご存じだろうか?


 今の時代人形と聞くと着せ替え人形や雛人形などの玩具であったり、観賞用としての意味合いが強い。しかし古い時代では人形というのは死者を弔う際に用いられていたとされている。これは死者が死後に一人になってしまうため、一緒にはいけないが代わりのものとして人形を一緒に埋葬することにより、死後でも一人ではないという意味合いがあるらしい。


 古墳などから出土するはにわは死者の霊を守るために置かれていたとか。古墳に埋葬される人物は力のある権力者が大半だったので、家来が死後もお供するという意味があったんだろう。


 ちなみにはにわは素焼きの土器で古墳時代に製造、土偶は土製の人形で縄文時代に製造されていた。それぞれの役割ははにわは上記の通り。土偶は主に女性を模したものが多く、厄除けや子孫繁栄、豊作を祈って作られたそうだ。土偶の腕が欠けていたりしているのは、予め破損させることにより自身に厄が降りかからない、身代わりになってくれているそういった意味がある。


 余談だが死という概念がある生き物は以前までは人間だけとされていたが、動物にもその概念が存在するそうだ。ただ人間ほど顕著にその感情を表すわけではないため実際に存在するかどうかは未だ議論されているとかなんとか。


 と、いつもの前置きからの本題。今回はそんな人形にまつわるお話。今回の話は俺が小学生の頃に体験した話で未だに覚えているくらいに怖いと感じたもの。人によっては怖さは控えめに感じるかもしれないが、少しでも怖く感じていただければ幸いです。それではどうぞ。


 この話は俺が小五の頃に体験した不思議な話。俺の通っていた小学校は四階建ての学校で、三階まで教室や特殊教室があった。四階は音楽室や視聴覚室、図書室と木工室があった。俺が体験したのはその中の一つ図書室での話。


 図書室のは二つの部屋があり、辞書や児童書などが並んでいる図書室と資料や郷土史、教科書などが置いてある図書準備室があった。


 その日は図書室の掃除の当番で同じクラスの友達数人と図書室を掃除していた。この掃除の中には準備室の掃除も含まれていて俺たちは二班に分かれて掃除を始めた。


 普段立ち入れない場所というのは子供にとって見たことのないワンダーランドで、俺たちは妙にテンションが上がっていた。ただ下手に物に触ればあとで怒られるのはわかっていたので、極力物には触らないようにしていた。


 その中の一つにガラスケースに入った人形が飾られていた。


 人形が飾られているのは子供の背丈どころか大人の背丈でも届かないような大きさの古びた本棚で、その上にこちらを向いた状態でいた。


 その人形はアイヌ民族のような格好をした黒髪の女の子を模した物らしく、一般的な人形とは違った雰囲気に若干の気味悪さを感じていた。


 なんか見られてる気がする。俺はなんとなくそう思った。


 元々人間は人形だったりポスターに写った人から見られてると感じるため、そういうものだと思っていた。が、この人形の視線はなんだか違う気がした。


 明らかにこちらを見ている。そんな気がしてたまらなかった。


「なんかあの人形気持ち悪くない?」


 そう言いたかったが、それを言ってはいけない気がして俺はずっと黙っていた。


 しばらくすると真面目に掃除していた友人たちだったが、小学生男子がいつまでも真面目に掃除なんてするわけもなく、丸めた紙を野球のボールに、定規をバットに見立てて遊び始めた。


 俺も仲間に誘われたが、なんとなくその場にいるのが嫌だった俺は隣の図書室の方の掃除に参加することにした。


 ……気味悪いなあの人形。


 外に出てもまだ見られているそんな気分だった。すると、


 ガタンッ!


 準備室の方からものすごい物音がした。


 慌てて準備室へ入ると、友人たちが本棚の上を見上げていた。


 さっきまで部屋全体を見渡すようにして人形は後ろ向きになり、ガラスのケースに寄りかかるようにして傾いていた。


 どうやら最初は大人しく遊んでいた友人たちも次第にエスカレートし始め、紙のボールを追いかけていた際に友人の一人が本棚にぶつかったという。


 さすがにこれはまずいと思った俺たちは慌てて、人形の向きを直そうとするが、大人でも届かない背丈の本棚だ。手が届くわけもない。身の回りにあるものを使って直そうと試みた。だがどうにもならず、俺たちは正直に先生に言うことにした。


 担任は特別怒ることもなく、そんなのあったか? くらいの反応だった。人形の状態を見てもらい、直せるか試してみたがやはり手が届かず、かといってその人形が何か必要なわけではないと言う理由から、後日、人形を直すことにしてその日はそのままにすることになった。


 そのことを忘れかけていたある日、友人数人が浮かない顔をしていた。理由を尋ねるとなんだかよくない夢を見たそうだ。夢の内容までははっきりと覚えていないものの、とにかく怖い思いをしたらしい。


 それからというもの何人かの生徒が立て続けに怖い夢を見るようになった。それもあの準備室にいた生徒ばかりだった。


 みんな気味悪がっていた。俺はもしかしたらあの人形が関係あるのかな? ふとそんなことを思った。


 休み時間に一人で図書室に向かうと、いつもどおり誰もいなかった。通っていた小学校の図書室は出入りは自由だが、四階にあるのと、薄暗くて怖いからというい理由で誰も上がりたがらなかった。


 準備室のドアは鍵がかかっていなかった。もしかしたらいつも鍵が掛かっていなかったのかもしれない。


 そっと入ると人形の向きはあの時のままだった。ただ違っていたのは──壁の方を向いている人形は傾いていなかった。


 俺はそれを見て寒気がした。


 なんで? なんで? なんで!?


 頭の中はその言葉で一杯だった。


 すると、


「なにやってんだお前」


 突然声をかけられてさすがに驚いた。慌てて振り向くと担任の先生だった。どうやら俺が一人で四階に上がったのを見かけ声をかけたそうだ。


 俺が事情を説明すると、「あれ? この人形この間直したはずなのに」と話していた。脚立を用意してもう一度向きを直す。


 しかし──、


「おかしいなぁ……」


 翌日になると人形はまた壁の方を向いていた。


 最初は誰かのイタズラか何かと思っていた担任の先生も、ここまで頻繁に向きが変わることに気味悪さを感じていて、とうとうその人形のガラスケースに布を被せてしまった。


 するとその夜俺は夢を見た。


 夢の中で俺は一人きり。どんな場所だったかまではあまり覚えていないが、その中であの人形が出てきたことだけはハッキリと覚えている。


 あのアイヌ人形はじっと俺の方を見ていた。人形なので何か喋ることはなかったが、なんとなく元に戻してほしいと訴えかけているそんな気がした。しばらく見つめあっていると、人形はすぅーっと消えていった。


 翌朝学校に向かい、昼の時間になるとすぐにあのアイヌ人形のある準備室へと向かった。ガラスケースにはあの時のまま布が被せてあり、人形がどうなっているのかわからない。


 とりあえず図書室からいくつかイスを持ってくると、それを台ににしてガラスケースにかかっている布を剥ぎ取った。現れた人形はこちらを向いていた。


 まさかこちらを向いていると思っていなかったのでギョッとしたものの、すぐに気持ちを取り戻すと人形に向かって「ごめんさない」と謝った。本当ならここで遊んでいた友人たちが謝るべきなんだろうけど、まさか人形に謝れなんて言うわけにもいかず、俺が代わりに謝ることにした。多分そんな意味も込めて夢に出てきたんだろうし、それで満足してくれればこちらとしても本望だ。


 当然、人形からの返事があるわけもなく、とりあえずやることはやったと思った俺はイスを元に戻すと、もう一度人形に向かって頭を下げた。


 それが功を奏したのか、それっきり友人たちが変な夢を見ることもなく、人形の向きが変わることもなかった。


 もう二十年以上も前の話なのでその人形が現在どうしているかまではわからないが、そんな人形にまつわるお話でした。


 もしかしたら貴方の家にある人形も『たまには外に出してくれよ~』なーんて思っているかもしれないな。


 ……もしくは押し入れの隙間からじーっとこちらを覗いているかもしれない。

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