第38話 やっちゃん
童謡のさっちゃんってあるだろ?
きっとこれを見ているアンタも幼い頃に一度くらい歌ったことがあるはずだ。世間一般で知られてるのは二番まで、もしくは三番までだと思う。
ところでこのさっちゃん、まだ続きがあるのをご存知だろうか?
この四番目は呪いの四番とされており、歌ってしまうとさっちゃんが自分の足を奪いにくるという都市伝説がある。この話の由来は実際に起きた電車事故が元になっており、その話とさっちゃんを組み合わせたものが呪いの四番と呼ばれている。都市伝説のてけてけも同じ話が用いられているが、てけてけの話に乗っかった形がさっちゃんなんじゃないかと思われる。
もし歌ってしまった場合の対処方法としてバナナを置くか、そのイラストまたは写真を枕元に置いておくといいなんて話がある。この年になるとそんなわけないじゃーんと笑い飛ばせるんだが、まだ小さい頃にこの話を聞いて実際にバナナのイラストを描いたのが私です。
なお、さっちゃんの歌は十番まであるという話もあるが、実際のさっちゃんは三番までしかないので呪いの四番から派生した都市伝説の一つだと結論づけられる。
余談だが、さっちゃんの正式な表記はサッちゃんだそうだ。
なんでサッちゃんの話をしたのかというと、友人から聞いたやっちゃんという話を思い出したからだ。サッちゃんとやっちゃん、なんか似てない?(しょうもない理由ですいません……)
というわけで今回はそんなやっちゃんに関するお話。
友人がやっちゃんと初めて会ったのは小学三年生くらいのことだった。
友人には親戚が多く、正月やお盆の時期など親戚一同が集まるとものすごい人数になるのだとか。
もちろん友人には誰が誰なのかわかるわけもなく、自分と近い年の子供もいなかったせいもあり、いつもその集まりに行っても退屈な時間を過ごしていたそうだ。
その時も大人たちは大人たちで盛り上がり、自分より上の年齢の子供たちは各々で遊んでいた。もちろん彼らも最初は相手をしてくれるそうなのだが、年齢があまりにも離れ過ぎているため、次第にそれぞれに固まって遊ぶようになり、気がつけば一人ぼっちになってることが多かった。
いつも通り一人ぼっちになってしまった友人は行くところもなく、所在なさげに親戚の家の空いてる部屋で手頃な本を読んでいた。
すると、
コンコン。
と、誰かが部屋のドアをノックしてきた。友人は持っていた本を置くとそっとドアを開けた。そこにいたのは自分と同じ年くらいの男の子だった。
「お前一人?」
男の子は友人を見つけるとそう言った。友人はただ静かに「うん」と頷いた。
「そっか。じゃあ俺と遊ばない?」
男の子は顔全体で笑った。一人で退屈していた友人はようやく自分と同じくらいの子供が現れたことに嬉しさを滲ませたが、それと同じく誰だろうこの子? と思ったという。
「ねぇ、名前なんていうの?」
「俺? 俺は、えーと……やっちゃん。みんなからやっちゃんって呼ばれてる」
「やっちゃんか。僕はコウタよろしくねやっちゃん」
突然現れた男の子はやっちゃんと名乗った。ただ友人の知る限り、やっちゃんという名前の子供はいなかったはず。ただ知らない間に親戚が増えてるような一族だったそうなので、この時はそれほど深く考えなかったとか。
それから友人とやっちゃんは初めて会ったとは思えないほど仲良くなった。やっちゃんが人好きのする性格だったのか、それとも友人が遊び仲間に飢えていたからなのか。それともその両方なのか。友人は母親に呼ばれるまでやっちゃんと時間を忘れて遊んだ。
「コウター、帰るわよー」
「お母さんか?」
「うん。そろそろ行くね。じゃあねやっちゃん」
「おう。また遊ぼうぜ」
二人はそう約束して別れた。
その夜、友人は珍しく寝付けなかったそうだ。この時のことをやっちゃんと遊んだのがよっぽど楽しかったせいで、体が興奮して眠れなかったんだろうと話していた。
その日以来、友人は親戚の家に行くのが楽しみになっていた。大人たちが宴会を始めると、友人はいつもの部屋でやっちゃんが来るのを待った。部屋に入って本を読んでいるとしばらくして部屋のドアがノックされる。ドアを開けるといつも笑顔のやっちゃんがそこにいた。
やっちゃんとはいつも親戚ん家の中で遊んだそうだ。俺が外に出なかったの? と聞くと、知らない土地だしなによりやっちゃんが外へ出ちゃダメって言うからそれに従っていたそうだ。
やっちゃんと遊ぶとき必ず守っていたのが静かにすること。友人は大人たちが騒いでいるから大丈夫じゃないかな? と思っていたのだが、この家の子の言うことに従おうと大人しくしていた。
そんな風に遊んでいたので家の中で遊ぶといってもカルタをやったりお手玉をしたり、ブロックで遊んだりと比較的大人しい遊びばかりだった。友人が自分の持っている携帯ゲーム機なんかを持っていったこともあるそうなんだが、二人で遊べないからという理由で結局いつも通りの遊びに落ち着いたらしい。
そんなある日珍しく親戚の年長の子供たちが友人を遊びに誘ってきた。その頃には友人はもう少しで小学校を卒業するくらいになっていた。
友人はやっちゃんも仲間に入れてもらおうとやっちゃんを呼びに家の中で待っていた。しかしやっちゃんは現れなかった。その日はやっちゃん抜きで親戚の子達と遊び、過ごした。
小学校を卒業し中学生になった友人は部活を初め、新しい友人もたくさん増えた。友人は毎日楽しい生活を送っていた。
友人が成長するにつれて親戚との付き合いも変わっていった。親戚周りが歳を取り子世帯と同居したり、亡くなってしまったりとした影響から親戚の集まりも段々となくなった。部活が忙しかった。そのせいもあり友人が親戚の家に行く回数も減り、次第にやっちゃんのことも忘れていった。
友人が高校を卒業する頃に父親のお父さん、つまり友人の祖父が亡くなり、数年ぶりにあの家を訪れた。
家に着くと忘れていたやっちゃんのことを思い出し、そういえばやっちゃんどうしてるかな、と思っていた。
葬儀が終わり、家の片付けをしている父親にやっちゃんのことを尋ねてみた。
「親父、やっちゃんって子いたよな」
「あ? やっちゃんって誰だ」
父親から返ってきた反応に友人は戸惑った。
「やっちゃんだよやっちゃん。俺と同じくらいの年の男の子だよ」
「何言ってんだ。俺たちの親戚にお前と同じ年の子なんて、男の子どころか女の子もいないぞ」
最初、自分の父親が自分をからかってるんじゃないと思っていた。だが、父親の反応はとても冗談を言っているような反応じゃない。
「も、もう一度聞けど、本当にやっちゃんって子いなかった? ほら! 近所のところとか」
「だからこの辺りにはお前と同じ年の子なんていないんだって。だからお前いつもあそこの部屋で一人で本読んだりカルタしたりしてただろ」
友人はめまいがしたそうだ。
いたはずのやっちゃんは初めからこの家にはいなかった。でも自分はやっちゃんと一緒に遊んでいた。けれどもそのやっちゃんを誰も知らない。何が正しくて何が違うのか。それすらもうわからなくなっていた。
すると二人の会話を聞いていた父親の従姉妹が割って入る。
「ねぇもしかしてさっきから話してるやっちゃんってもしかしてアタシのお父さんかもよ」
「あー、ヤスジ叔父ちゃんか。そういや叔父ちゃんみんなからやっちゃんって呼ばれてたんだっけ」
「誰? ヤスジ叔父ちゃんって」
「そうか。叔父ちゃん亡くなったのっておまえが生まれる前だったもんな。ヤスジ叔父ちゃんってのは親父の弟でカネコ姉ちゃんのお父さんだよ。確かお前が生まれる数年前に亡くなったからもう二十近く前になるのか。俺も昔よく相手してもらったなぁ」
「そうそう。お父さん本当は男の子欲しかったみたい。でも生まれたのが三人とも女だったし、アタシのところも女ばかりだからコウタくんが来てくれて嬉しかったのよ」
「同い年の子なんていなかったし、一人で遊んでるコウタを見かねて出てきてくれたんだろ。今度叔父ちゃんの墓前でお礼言わなきゃな」
「うん。そうする」
そんな経緯があったことを知らなかったとはいえ、今の今までやっちゃんのことを忘れていたことを恥じた。
ありがとう。あと忘れててごめんやっちゃん。友人は心の中でそう呟いたという。
そんな話を聞いて俺はいい話だなと素直な感想を述べた。しかし友人の表情は浮かなかった。実はこの話まだ続きがあったんだ。
しばらくして高校卒業したことの挨拶と、小さい頃に遊んでもらった感謝を伝えるために友人は父親の従姉妹の家を尋ねた。そこで幼い頃のやっちゃんの写真を見せてもらったそうなんだが……。
そこまで言って友人は俺に聞いた。
「なにが写ってたと思う?」と。
俺は素直にやっちゃんじゃないのか? と返すと、乾いた笑みを浮かべながら一言、
「写ってたの俺の知ってるやっちゃんじゃなかった」
俺が遊んでたやっちゃんって親父が言ってたとおり本当に誰だったんだろうな。そう言いながら友人はすっかり冷めたコーヒーを飲み干した。
というわけで今回の話は以上になります。結局やっちゃんという男の子が誰なのかは分からず終いだったそうなんですが、個人的には座敷わらしかなにかだったんじゃないかと勝手に想像してます。
現に大人になるにつれて見なくなったそうなのでもしかしたら……なんてね。
座敷わらし、実際にいるのであれば会ってみたいものです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます