第35話 夢に出てくる三階建ての家
本題の前に一つ話をしよう。
アンタは『猿夢』って知ってるか?
これは都市伝説の一つなんだが、ある女性が夢を見た。その夢はどこかの駅のようなところから始まる。
駅のようなところで女性は「まもなく電車が来ます。その電車に乗ると貴方は怖い目に遭いますよ」というアナウンスを聞いた。すると、電車がやってきた。
その電車はいかにも電車という見た目ではなく、遊園地なんかにあるジェットコースターのような電車だった。そこには俯いた数人の男女が乗っていた。
女性はこれは夢だと理解していたが、この夢がどんな夢が気になりそのままその電車に乗ることを決めた。まぁこれは夢なんだから気分が悪くなれば目を覚ませばいいだろうくらいにしか思ってなかった。この時は……。
女性は電車の後ろから三番目の席に座り、「出発します」のアナウンスとともに電車は動き始めた。
電車がホームを出るとすぐにトンネルのようなところに入った。紫色っぽい明かりがトンネルの中を照らしていて、そこが幼い頃に自分が乗った遊園地のスリラーカーと同じものだと思ったそうだ。
女性はなーんだそれなら怖くない。子供のころの話をまた夢で見ているだけなんだと思った。
しかし、
頭上からアナウンスが聞こえてきた。
「次は活けづくり~、活けづくり~」
と。
活けづくりと聞いて、魚の活けづくりかなにかだと思っていると、背後から悲鳴が聞こえた。慌てて振り向くと、電車の一番後ろに座っていた男性の周囲に四人の小人のようなものが群がっていた。よくよく見ると、男性は小人たちに刃物で引き裂かれ活けづくりのようになっていた。
見る見るうちに男性からその中身が引き出されあたりに散らばっていった。男性は悲鳴を上げつづけていた。なのに男性の前に座る女性は黙って前を向いたまままるで後ろで起こっている物事を気にもとめていない様子だった。
さすがに怖くなり目を覚まそうと思ったが、もう少しこの先を見てからと思いとどまった。
男性がいたはずの席に男の姿はなく、しかし赤黒い“男性だった”残骸だけ残されていた。
次に「次はえぐり出し~、えぐり出し~」
とアナウンスが流れてきた。
すると、どこからか二人の小人が現れ、ギザギザのスプーンのようなもので女性の目をえぐり出し始めた。さっきまで何が起こっても無表情だった女性が苦悶の表情と耳を塞ぎたくなるほどの悲鳴をあげていた。
両目から生々しいほどの血が流れ出し、ボロンと転がり出るように眼球が取り出された。
さすがにこれ以上は限界だと思ったが、次は自分の番。自分にはどんなアナウンスが流れるんだろう、それを聞いたら目を覚まそうと、女性はいつづけた。
「次は挽肉~、挽肉~」
聞くだけで最悪な展開が想像できた女性は、目を覚まそうと強く念じた。
ウィーンという機械の音が聞こえ、いつの間にか小人が女性の膝の上にいた。変な形をした機械を持っていた。自分をミンチ肉にするための道具だろうと直ぐに想像がついた。
夢よ覚めろ、覚めろ、覚めろ。そう強く念じた。
ウィーンという機械音が大きくなり、顔に風圧を感じた瞬間、静かになった。なんとか悪夢から抜け出すことに成功したものの、全身は汗でびっしょりになっていた。
翌日いろんな人にこの夢の話をしたが誰も信じてくれず、そうしているうちに女性もこの夢のことを忘れていった。
しかし四年後……。
また女性はあの夢を見た。展開は以前見た時と同じ。男性が活けづくりにされ、後ろにいた女性が目玉をえぐり出される。そして次は……。
「次は挽肉~、挽肉~」
自分の番がやってきた。女性は以前のように目を覚まそうと強く念じるが、なかなか目が覚めない。
近づく機械音、鼻先の風圧。もうダメだと思ったその時、ふっと静かになった。
あ、逃げることが出来た、そう思い目を開けようとすると、
「また逃げるんですか~次に来た時は最後ですよ~」
とアナウンスが。
夢だと思いたかった。しかしその声を聞いたのは“現実世界”でだった。
それから何年もその夢は見ていないが、次に見たときはどうなっているか……。
という話だ。
これは2000年代前半にネット上で流行った都市伝説の一つなんだが、今現在でも語り継がれ、ゲームになったり映像作品になったりと幅広く知られている(女性がそのあとどうなったかは誰も知らないが)
かなり端折って書いてみたものの、大まかな内容はこのとおりなのでちゃんとした話が知りたい場合は各自で検索してみてほしい。
さて、いつもどおり長い前置きからの本題。もうここまできたら今日はどんな話なのかお分かりいただけたと思う。
そう今回は夢の話だ。夢の話といっても猿夢のように残酷な話じゃないんだが、この夢がいい夢なのか悪夢なのか、それは聞いてから判断してくれ。
俺がその夢を初めて見たのは一年ほど前だったと思う。目が覚めると、自分の部屋とは全然違う見知らぬ天井があった。その部屋は六畳くらいの部屋で、ちょっとした家具のほかには自分が寝ている敷布団しかなかった。例えるなら旅館の一室みたいなところだったが、その部屋に違和感はなく、慣れ親しんだ空気感があった。
自分の認識は間違いなく自分の家だった。しかしそこは明らかに自分の家ではなかった。
俺の部屋は玄関のすぐそばにあり、その横に階段があった。階段は三階まであり、一度目見たときはその家の三階にいた。三階は普通の家には間違いなく存在しないものがあった。
祭儀場ってあるだろ? ほら、お葬式とかするような大きなホール。あれがあった。電気はついていなかったから薄暗くて細かいところまではよくわからなかったけど、座面が白いパイプ椅子のような椅子が何列にも渡って並べられていた。
祭壇のようなところには大きな仏壇? のようなものがあって扉は閉じられていた。床は真っ白な絨毯でふかふかしていた。窓のところも同じ白いカーテンがかかっていて、天井は高かったと思う。三階全体がその祭儀場になっていて、ほかに人はいなかった。
普通に考えたら気味悪く思うだろ? でも俺の中での認識は俺んちにこんな場所あったんだ! すげー! くらいにしか思ってなかった。ただどういうわけか、自分の家という認識があるのに、その場所の存在を知らなかったということに疑問を感じるが。
二度目見たときは一階を歩き回っていた。玄関を上がるとすぐ右に曲がる。左側と真正面は壁になっていて、廊下の左側にはリビングとキッチン、その反対側に階段と俺の部屋があった。廊下はさらに奥に続いていた。なのにそこから先は自分の知らない空間だった。どいういうわけか俺の中での認識は自分の部屋とキッチン、リビングまでで止まっていた。
家の奥へと進むと、土間のようなところに出た。ただその場所はまるで廃墟のようになっていて、荒れ果てていた。
部屋の広さは二十畳くらいかな、もう少し大きいかも知れない。コンクリートの床に砂埃が堆積してて、もう何年もそこに誰も踏み入れていないそんな感じだった。割れた窓ガラスと竈のようなものがあって、外には端のかけた井戸があった。
家の周囲は草木で覆われていて、そこから先は見えなかった。
家の中に戻り今度はキッチンへと向かった。するとそのキッチンのさらに奥に部屋があることを知った。その部屋はなんて言えばいいか、古い和室で、それが何部屋も続いていた。そこは先ほどの土間ほどでないにしても、やはり誰も入っていないせいか、埃が積もっていた。窓ガラスは割れていなかった。
こんな広い部屋があるんだったら俺ここで寝てもいいんじゃない? そう思った直後、妙な寒気を感じてそこで目を覚ました。
三度目は二階にいた。正確にはいつもどおり自分の部屋(そう認識している)で目覚めた俺はそういえば二階に行ってないなと思って階段を上がった。階段はふかふかの絨毯みたいなものが敷かれていて、それが三階まで続いていた。
二階もやっぱり薄暗く、電気はついていなかった。そして二階は一面が和室になっていた。宴会場って言えばわかりやすいかもしれない。階段を上がってすぐに大広間があり、畳が敷かれていた。中には物ももちろん人もいない。その広い家にただ俺一人だけ。
俺はその大広間に入ると、窓の外が見えた。窓の外は真っ暗で街の灯りのようなものがポツリポツリと光っていた。
ベランダのようなものがあって、木で出来ていた。乗ってみようかと思ったが、見るからに脆く朽ちていたので止めた。
なんだこの場所……。
どういうわけかこの場所については気味悪さを感じていた。普通の感覚なら以前見た三階や一階のほうが気味悪さを感じるはずなのに、それがなかった。なのにこの二階はすごく嫌な感じがして、早く目が覚めてくれと思った。
ふと部屋の外に影を見つけた。
誰かいる!?
俺は慌ててその大広間から飛び出した。廊下は相変わらず真っ暗で何も見えない。
そう“何も見えない”はずだった。
目の前に真っ白なワンピースのようなものを着た女性が立っていた。うつむいているせいで顔はわからない。長い黒髪を垂らしていた。
その瞬間これはダメだ! 早く逃げないと! そう思った。矢先、
女性の背後からなにかブヨブヨした真っ白な子供のようなものが現れ、俺のもとへ走ってきた。俺に抱きつこうとして。
俺は恐怖のあまり飛び起きた。着ていたTシャツは汗でビッショリになり、心臓がドクドクと早鐘を打っていた。
あれは……なんだったんだ……。
真っ白な子供。その顔は──のっぺりしていた。目も口も鼻もなく、髪すら生えていない。
その子は言った。俺のことを『パパ』と。
残念ながら俺には子供がいないし、結婚もしていない。なのにあの子供のようなものは俺のことを知ってるようだった。
そしてなにより気がかりなのは、夢で見た三階建ての家だ。俺はあの夢で一~三階まで全部見て回った。
じゃあ次にあの夢を見たら俺はどうなってしまうんだろう。
もし更新が途絶えたらそのときは……。
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