第32話 メッセージ

 これは先日のこと。部屋の掃除をしていたら、昔使っていた携帯電話が出てきたんだ。スマホじゃない携帯電話だ。その携帯はいつごろ使っていたものかちゃんとは覚えてないけど、結構前の機種だったというのは覚えてた。


 懐かしいなぁこれ、なんて思いながら昔のことを思い出す。


 俺が携帯を持ち始めた当時なんて動画やカメラはおろか、着メロもないし、メールだって打てない送れない。やっと送れるようになっても文字数は250文字。しかも同じメーカーにしか送れない。


 もちろんをそんな携帯だから画面なんてカラーじゃなくて、昔のゲームボーイみたいに白黒でバックライトが赤か緑に光るくらいの機能しかなかった。


 そんな時代だったから、携帯の進化も日進月歩で、毎月のように新しい機能を持った携帯が発売されていた。白黒画面が256色カラーになったり、単音しかなかった着メロが和音になったり、自分で着メロを作れるようになったり、着うたなんてのもあったな。それら新しい機能を持った携帯が登場するたび、その最新の携帯を持っているやつは話題の中心になっていた。


 今じゃ考えられないだろ? でも昔はそんな時代だったんだよ。それから他社にもメールが打てたり、絵文字が打てるようになったり、カメラ付き携帯が発売されてといろんな機能が追加されていった。


 そういや、携帯の発展といえば、掲示板や出会い系サイトなんかもたくさんあったな。スタービーチとか有名だと思うが、聞いたことある人や、もしかしたら使っていた人もいるんじゃないか? あー、あったあった懐かしぃ! と思ったアンタ、きっと俺と同世代だな。わからない人は自分のご両親に聞いてみてくれ。喜んで話してくれるかもしれないぞ。ちなみに俺は使ったことないのであしからず(ほ、本当だよ?)


 とまぁ、携帯の進化も色々あって今に至るというわけだ。たった20年程の間でここまで携帯が進化するって誰が想像しただろう? 


 ちなみに昔の人が未来を想像して考えた機械で、唯一現実のものとなったものが何か知ってるか? 答えは──テレビ電話だ。


 昔の人が描いたもので、鏡に相手が映っていて、鏡に映った相手と会話しているというものがある。名前までは覚えていないが、その人は未来を見ていたのかもしれないな。


 さて、いつもどおりの長い前置きからの本題。こんな話をしたから携帯電話に関するものだろ? と思ったアンタ、正解だ。正解したアンタには使用済みのテレホンカードか、今はもう見ることもないポケベルを差し上げよう(嘘です)


 と、冗談はこのあたりにして。今回紹介するお話は古い携帯を見つけた俺が、二十歳くらいの頃に聞いたお話。結構前に聞いた話だから若干うろ覚えなところがある。なのでちょっとはっきりしないところもあるが、よかったら最後まで見ていってほしい。それではどうぞ。



 その話を聞いたのは俺が派遣の仕事をしていた頃のこと。それを話してくれたのは同じ職場で働いていた人で、歳は俺とそれほど変わらなかった。


 その人、仮にYさんとしよう。Yさんには昔付き合っていた恋人がいたんだが、残念なことに事故で亡くなってしまったそうだ。割と長いこと付き合っていたそうで、お互いもう少し大人になったら結婚しようとそれぞれの両親にも話していたという。


 Yさんが事故の知らせを聞いたのはある冬の日だった。あと少しでクリスマスという時期に、Yさんの恋人は亡くなった。事故の詳細まで聞かなかったが、その話をしているとき辛そうにしていたYさんを見ると、よっぽどひどい事故だったんだと想像できた。


 Yさんが亡くなった恋人に面会出来たのは、お通夜でだった。恋人の両親がYさんを気遣って会わせなかったとか。娘もそんな姿を見せたくないだろうという想いもあったらしい。


 葬式が終わり、出棺を見届けると、Yさんはやっと彼女が本当に亡くなったんだと実感したそうだ。しばらく彼女のいなくなった日々に慣れるのに、結構時間がかかったと笑いながら教えてくれた。


 それからしばらくして、Yさんの元に彼女のご両親から電話があった。なんでも死んだ娘の遺品を整理していたら、娘の使っていた携帯電話が見つかって、そこにYさんあてのメッセージが入ってるから聞いて欲しいという話だった。


 恋人の死から立ち直ろうとしていたYさんは少し迷ったものの、彼女の声がもう一度聞きたいと、彼女の家に向かった。久しぶりに会った彼女の両親は、めっきり老け込んでいた。無理もない。娘の突然の死に、そうならない親がいないわけがない。


 Yさんは仏間に通されると、恋人の遺影と彼女の骨が入った骨壷が安置されていた。もうこの世にいなくなってしまった恋人に手を合わせると、今度は彼女が生前使っていた部屋に通された。


 久しぶりに入った彼女の部屋は、懐かしい匂いで溢れていた。


 何度も訪れたはずの場所なのに、どうしてだか始めてきたような感覚になった。それだけ彼女のことを忘れようとしている自分にびっくりしたそうだ。


 彼女の母親がYさんに一台の携帯電話を渡してきた。亡き恋人が使っていたものだ。


「この中にメッセージが入ってます。どうか最後の言葉を聞いてあげてください」


 そう言うと、Yさんを残して二人は部屋から出ていった。ひとり残されたYさんはまだ彼女のものが残された部屋の中を見渡していた。見慣れた光景だった。彼女がいつも座っていた机にはたくさんのプリクラが貼られていて、中学、高校生だった頃の彼女が友達と写っているものや、自分とも撮ったものものあった。


 いつまでも一緒にいようね。


 そんな言葉と一緒に撮られたプリクラを見ると、自然と涙が溢れてきた。


 少し気持ちが落ち着いてくると、ようやく母親から渡された携帯電話の電源を入れた。外装が少し傷ついていたが、本体に問題はないようだった。電池の入っているカバーにもプリクラが貼ってあって、もちろんYさんと撮ったものだった。


 Yさんは照れくさくて携帯にプリクラを貼ることはしてなかったが、こんなことなら貼っておけばよかったと後悔したそうだ。


 Yさんが携帯を操作してメッセージの機能を呼び出す。そこには確かに一件のメッセージが入っていた。Yさんが恐る恐る携帯を耳元に当てる。そこから聞こえてきたのは、


『たす……けて……』


 と苦しそうな彼女の声だった。その背後にはいろんな物音が聞こえるが、ノイズが混じりすぎてよくわからなかった。


 Yさんはもう聞けなくなってしまった彼女の最後の声を聞いて、再び泣いた。彼女はどういう気持ちで助けてと残したのか。きっとその言葉は自分に対しての言葉だったはずだ。けれど、自分はその場にいなかった。彼女を助けることができなかった。Yさんはただただ悔やんだ。


 たった数十秒のメッセージ。それだけがYさんと彼女をつなぐ最後の糸だった。


 ひとしきり泣くと、Yさんは今度こそ別れを告げるために、もう一度携帯の中のメッセージを開いた。


 たくさんの物音とノイズ。その中で必死に伝えようとする『たすけて』の言葉。しかし、Yさんはその中に不審なものを感じ取ったという。


 もう一度メッセージを再生する。


『たす……けて……』


 物音、ノイズ、たすけての言葉。しかしその中にそれは確かに入っていた。


『たす……けて(きて)……』

『たす……けて(ちきて)……』

『たす……けて(こっちきて)……』

『たす……(あなたも)けて(こっちにきて)……』


『あなたもこっちにきて』


 Yさんは叫び声とともに、持っていた携帯を放り投げた。その物音に驚いた両親が部屋に入ってきた。なにかあったか? と尋ねる両親に、まさか変な声が聞こえたとも言えず、適当に取り繕って家を後にしたらしい。


 それ以来、彼女の家にも彼女の両親にも会っていないため、今はどうしているかはわからないと話してくれた。ちなみに、『たすけて』の声に混じっていた『あなたもこっちにきて』という声。Yさん曰く、あれは彼女の声じゃなかったとのこと。


 じゃあYさんは誰の声を聞いたのか? それからしばらくして俺はYさんとは違うところで派遣で行くことになってしまい、それっきりなのでその真相は誰にもわからない。ただ一つ言えるのは、何事においても後悔のないように精一杯生きることが大事だということだ。



 ところでこれは余談だが、この話を聞いた人はなにかしらの不可思議な出来事が起きるらしい。なんでも非通知の電話がかかってきたり、夢に見知らぬ女性が現れたりと、人によって違いはあれど、何か起きるとYさんは話してくれた。


 まぁ不思議なことに俺には何も起きなかったんだが、それがたまたまだったのか、何か起きていても気づいていなかっただけなのか。とはいえ、十何年ぶりに思い出してこうやって書いているから、もしかしたら何か起こるかもしれない。もちろん、これを見ているアンタにもだ。


 もし本当に何か起こったならその時は……すまん! と謝っておこう。

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