第31話 ドライブ

 アンタはドライブは好きか?


 俺の地元は車社会なせいで、車がないと生活が出来ないくらいには普及している。なので一家に一台とかじゃなく、一人一台が当たり前なんだ。そのため車の種類も多種多様で、それぞれが自分の空間、第二の部屋みたいになっていて、車の中が趣味のもので溢れていたり、はたまたゴミで溢れていたり、それは人の性格にもよるし車を宝と思うか道具と思うかで扱いが変わってくる。ただどの人にとっても車というのは自分だけの特別な空間だということがよくわかる。


 ちなみに俺も高校卒業と同時に車を持つようになって、週末ともなれば特に目的もないのに真夜中の街をドライブして回っていた。その空間というのがまた独特で、友人の部屋とも居酒屋とも違う空気感のせいで普段なら語らないだろう話なんかをしたりして、たまにしんみりしながら夜の海に行ったり色々していた。そんな仲間たちもみんな結婚したり子供できたり、別のところにいって連絡も取らなくなったりしてしまったけど、ふと思い出すとあの瞬間ってかなり貴重なものだったんだと今になって気づく。


 さて、ちょっとしんみりした前置きからの本編なわけだが、今回のお話はこのじつはじつわを応援してくださっている読者さんから頂いたお話を語ろうと思う。


 ちなみにこの読者さんが体験したお話、最初読ませてもらったときちょうど新潟にいたんだけど、その新潟の道の駅で夜雨の降る中読んでいたら、こんなときに読むんじゃなかった……と思ったお話。それを小説風にしてお送りしようと思う。はたして読み終わったときみんなはどんな感想を抱くんだろうな。それではどうぞ。


 補足 これを紹介するにあたって読者さんご本人には許可を頂いていますが、基本的に出てくる登場人物は全て仮名で地名は伏せております。お話にするにあたって若干の脚色がしてあります。また、一部過激な表現、または不適切な表現が含まれている可能性があります。ご了承ください。



 これは私が20歳の頃に体験したお話。


 その日は冬の寒い日で、今年一番の最低気温を記録した日だった。


 私は昔から仲のいい友人のアヤカと二人で夜のドライブを楽しんでいた。免許を取ってから二年、最初はおっかなびっくりで運転していたけど、今では流行りのCDから流れる曲をを二人で歌いながらドライブするくらいには慣れた。ドライブって言っても運転するのはいつも私で、助手席がすっかり指定席になってるアヤカはいつも隣でお菓子を食べているか、陽気に話しているかのどちらかだった。なので、その日も助手席のアヤカはさっきコンビニで買ってきた肉まんを一人でほおばりながら上機嫌にしていた。


「ちょっとアヤカ、これ私の車なんだけど」

「えー? なにかあったー?」


 スピーカーから流れる音がうるさかったのか、それとも最初から聞こえていないふりをしていたのか、私はカーステレオのボリュームを少し下げてもう一度アヤカに言った。


「ちょっと、人の車の中で肉まん食べないでよ。車に肉まんの匂いついちゃうでしょ」

「いいじゃん。肉まん美味しんだもん。あ、マコも食べる?」


 アヤカが二つあった肉まんの一つを私に差し出す。差し出されても私は運転中だから食べることができない。アヤカはいつもこうなることがわかってやっていた。


「肉まん食べられないんだけど」

「だろうねー。マコは運転中、アタシは食事中。あ、これってもしかしてWIN-WINってことかな?」

「違うわよ。あ〜、あんたのせいでお腹空いちゃった。どうしてくれんのよ」

「ごめんって。あ、たしかこの先行ったらまたコンビニあったからそこで一回止まろう。お詫びついでになにかおごるからさ」

「仕方ない。じゃあ許す!」

「さっすがマコ。物分りいいね」


 そんなやりとりを交わしながら目的のコンビニへと車を走らせる。と、ある一軒の家が目に入った。


 その家は昔の海外ドラマなんかに出てくるようなお洒落な家で、真っ白な外壁に大きな庭があって、その庭にはプールはなかったが、ブランコはあった、姿は見えないが、もしかしたらセントバーナードのような大型犬が走り回っていそうなそんな家だった。周りが普通の家ばかりだからか、その家だけやたら目立って見えた。この道を通るたびにその家を見かけるけど、どんな人たちが住んでいるんだろうといつも思っていた。


「いつ見てもすごいよねこの家」


 私の心の内を見透かしたようにアヤカが言う。


「どんな人たちが住んでるんだろうね」

「きっと仲のいい家族なんだよ。あー、あたしも早くいい男見つけてこんな家に住みたーい」

「その前に自分の将来心配しなよ」

「マコったら現実に戻すの早すぎー。もう少しだけ夢見たっていいじゃない」

「はいはい。わかったわかった」


 口を尖らせて拗ねるアヤカを適当にあしらいながら、私は視線を前の方に戻す。


 すると、視界の端になにか映った。


 私がそのなにかに目を向けると、それは女の子だった。


「女の子だ」

「え、女の子? どこ?」

「ほらあそこ」


 私は少し車の速度を緩めてアヤカにも見えるようにする。


「どこにもいないよ?」

「いるってほら」


 そう言ったものの、さっきまで見えていた女の子はどこにもいなかった。


 あれ……?


「誰もいないじゃん」

「だってさっきまでいた」

「でもいなかったよ?」

「…………」


 私はそれ以上何も言い返せなかった。


 しばらくお互い無言のまま車を走らせると、目的のコンビニについた。


「マコなに飲む? それともなにか食べる?」


 アヤカがさっきから黙ったままの私を気遣ってか、いつもの三倍は優しかった。でも私はさっき見た女の子のことがずっと気になっていた。


 アヤカの言うとおり見間違えだった? 確かにそうかもしれない。いつもの私なら見間違えだったで済ませてたと思う。


 でも私は見た。この目でハッキリと。あの庭でなわとびをする“ノースリーブを着た”女の子を。


「やっぱり気になるからもう一回あの家行ってみよう」

「え、ちょっとマコ!? 待ってよ!」


 私は元来た道を引き返すと、あの家へと向かった。向かう車内ではアヤカが心配そうに話しかけてきた。


「ねぇマコさっきの家でなに見たの」

「女の子。なわとびしてた」

「他には?」

「……ノースリーブだった」

「ノースリーブって、いま冬だよ!? そんなわけないじゃん! それにいま何時だと思ってんの? もう十二時過ぎてんだよ」

「わかってる。それはわかってるんだけど、でももしかしたら……さ」

「……虐待受けてるってこと?」


 私は静かに頷いた。


 仮にアヤカの言うとおり見間違えだったら、虐待を受けてる子なんていなかったことになる。でももし見間違えじゃなかったら……? そう思うと私は自然とアクセルを強めていた。


 さっきの家の前まで戻ってくると、車を止めて庭を覗き込んだ。誰もいない。家のほうは真っ暗でとても静かだった。当たり前だ。こんな冬の日に外に人がいるわけない。やっぱりアヤカの言うとおり見間違えだったんだ。虐待されてる可哀想な女の子もいない。それがわかったならもうここに用はない。


 私がどこか安堵した気持ちでいると、いつもなら騒がしいアヤカが静かだった。もしかして私が見た女の子のことをずっと気にしてくれてるのかもしれない。そう思ってもう大丈夫だよ、と声をかけようとした。すると──、


「ねぇマコ。これなんだろ」


 アヤカが真剣な顔でなにかを指さす。私もアヤカが指差す方を見る。そこには黄色いテープが張ってあった。『立入禁止』と書かれたテープが。


「これってどういうこと? これってアレだよね。よくドラマかなんかで見るようなアレだよね」


 アヤカが少し興奮したように言う。アヤカが私になにを伝えたいのか、それをハッキリとわかっていた。


 この家でなにか事件があった。それも私たちが考えているであろう最悪な事件。



「これってさ……多分、人、死んでるよね」



 私があえて口にしなかったことをアヤカは言う。きっとアヤカの言ったことに間違いはないだろう。


 殺人事件。この家でそれは起こった。


 じゃあ──。


「じゃあさっきマコが見た女の子ってなに?」


 アヤカがじっと私を見つめる。私はその視線から逃れようとする。


 私はさっきまで見間違えだと思っていたものが、はたして本当に見間違えだったのか? もしかしたら私が見たものは……わからなくなってきた。


「……行こ」


 私はそれだけ言うと車に乗り込む。少し遅れてアヤカも乗り込んだ。


 それから私たちは一言も喋らなかった。なにか言ってしまえば楽だったんだろうけど、アヤカもアヤカで何か思うところがあったんだろう、とてもそんな空気じゃなかった。


 アヤカの家に着いてようやく彼女が口を開いた。


「アタシさずっと考えてたんだけど、マコが見た女の子ってやっぱり──」


 幽霊なのかな。口にはしなかったものの、彼女の視線がそう物語っていた。


「ううん、なんでもない。今日は遅くまで付き合わせてごめんね。じゃまたね!」


 そう言っていつも通り元気なアヤカの姿に戻ると、彼女は家の中へと入っていった。賑やかな彼女がいなくなると、途端、静かになる。


「……見間違え……だよね」


 私は一つ呟くと、自宅に向かって車を走らせた。


 後日わかったことだが、あの家では確かに殺人事件が起きていた。それも実の父親が娘を殺害して、その遺体を家の庭に埋めていたという残酷極まりないものだった。聞くところによると、親子仲が特に悪いなどの話はなく、休みの日には娘と遊ぶ姿が近所の方々によく目撃されていたらしい。それがどうしてこんな最悪な結末になってしまったのかは私にはわからない。


 ただあの冬の日に見た女の子は笑っていた。楽しそうになわとびをしていた。もしかしたらあの子は自分が実の父親に殺されてしまったことを知らずにいたのかもしれない。だから大好きな家族のいる、大好きな家の、大好きな庭でいつものように遊んでいた。


 ……違う。そう思いたいこれは私の願望だ。そうじゃないと私が見たあの子が浮かばれない。名前も知らないあの女の子。あの子は最期になにを思っていたのだろうか。


 その後、その家族がどうなったのかその先を知ることは出来なかった。ただ、一つだけわかっていることは、今でもその家は存在しており、新しい家族がその家に住んでいるという。

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