第29話 オノマトペ
オノマトペって聞いたことあるか?
そうそうジョン・レノンの奥さんだよな……ってそれはオノヨーコだ。え? クールポコのやっちまった方ってそれは小野まじめだ(知ってる奴あまりいないだろ……)
そうじゃなくてオノマトペだ。オノマトペってのは擬音または擬声語と呼ばれるもので、例を挙げるなにかを削るときなどに用いられるガリガリや雨が降った時に使われるザーザー、またはしっとりやスッキリなんかの音も含まれる。要はなにかを表現するために用いられる言語化された音ってわけだ。
そもそもオノマトペは古代はギリシャから始まり、いろいろあった末にフランス語のオノマトペになったと言われている(長いので省略)
そんなオノマトペなんだが、俺たちみたいな大人でも日常会話で使ったりしている馴染み深い言葉なわけだけど、それはちゃんと意味を理解して話しているから成立している部分はある。しかしだ、それが子供が発する言葉だとその意味を正しく理解するのは少し苦労すると思う。
さて今回の話は俺が色んな怖い話や不思議な話、またはヒトコワなんかのゾッとする話を書いていると聞いた友人が話してくれたちょっと不思議な話。ちなみに友人も俺自身もこの話にはある結論を抱いている。それが何かは最後にわかると思うが、もしかしたら人によっては解釈が違うかもしれない。そのあたりのことも思いながら読み進めていってもらいたい。
この話は俺の友人がファミレスで話してくれた相談事がきっかけだった。その友人は俺と高校の時からの仲で、若い頃はよく急に連絡をよこしてきてそれが夕方だろうと夜中だろうと関係なかった。俺も馬鹿だったから明日の仕事のこととかほとんど気にせず朝まで遊んでいたりして、そのまま眠い目をこすりながら仕事してたこともしばしばあった。
向こうが結婚して子供ができてからはそれもなくなり、週に二、三回は来ていた連絡も年に数回あるかないかくらいまで落ち着いてしまった。それでも卒業してから十年以上も経った今でもたまに会っては他愛もない会話を繰り返すくらいの仲は続いている。
そんな中友人から久しぶりに連絡があった。世の中が慌ただしくなり、少し落ち着いたくらいの頃に俺のことを心配した友人が俺のことを気遣って連絡を寄越したとのこと。しかし真相は、ずっと家に引きこもっていたので、俺をダシにして気晴らしに外に出てきたという。そんなところも変わってない。
理由はどうあれ、俺も年が始まってから人と会うのも会社の人以外は誰にも会ってなかったからそれはそれで嬉しい話だった。といっても昔みたいに朝まではしゃぎ回れる年でもなく、向こうもあまり帰るのが遅くなると嫁さんがとんでもない剣幕で怒るとかで、ファミレスで会うことになった。
ところで余談だがこれを見てるアンタはいつもどこのファミレスに行く? まぁ地域によって店舗のあるなしがあるからバラツキはあるんだろうけど、俺はジョイフルが好きだ(これを言うと皆からないわーと言われる。ツインハンバーグとか、とり天定食とか旨いと思うんだけどなぁ……)
久しぶりに会った友人は少しばかり頭の不毛地帯が広がった気もするが、まぁその分俺の方もそれなりだろうから、人のことは言えない。
いつものように決まったメニューを注文すると「またそれかよお前」なんて言われるけど気にしない気にしない。自分が食べたいものを食べるのが一番だ。
席に着くなり出てくる言葉は『仕事』『結婚』『健康』『子供』といういかにも若くないワードがずらずらと並んでいた。これが二十歳頃なら『女』『ケータイ』『車』『ご飯』と欲に正直な生き方をしてた気がする(十何年も前だから何考えてたかとか思い出せない)
そんな中子供の話になり、スマホで撮った子供の写真をさんざん見せられる中、友人が口を開いた。
「そういやさ、お前変な話書いてんだって?」
「変なとは失礼な。怖い話を専門に書いてネットにアップしてんだよ」
「それじゃあいろんな怖い話集めてるってこと?」
「まぁそんなとこ」
「それじゃ俺の話聞いてくんない?」
「どんな?」
「俺の子供のことなんだけどさ、ちょっと変なこと言うんだよ」
「変な? 例えば?」
「俺んとこの子供今三歳なんだけど、最近いろんな言葉を喋るようになってさ」
「ほうほう」
「んで、パパーとかママーとか覚えたての言葉をよく喋るんだよ」
「んだよ自慢か?」
「聞けって。なんつーか、喋るって言ってもまだちゃんと喋るわけじゃなくて、例えばウーウーとかにゃーにゃーとかこんな感じのことをよく言うんだよ」
「ああオノマトペってやつだな。それで」
「それで喋るのはいいんだけど、意味のわからないことをたまに言うんだよ」
「子供だからじゃない?」
「そうなんだけどさ、さっきのウーウーとかにゃーにゃーって意味わかるだろ?」
「まぁ消防車とか猫の鳴き声とかだよな」
「そんなこと言ってもそれなりに意味はわかるはずなんだよ。たださ、一個だけよくわかんないのがあって、それが『ごろごろ』なんだよ」
「ごろごろ? 雷か?」
「俺も最初はそう思ったんだけど、雷じゃないんだよ。つーか、雷鳴ると泣き出すから絶対に違う」
「じゃあ腹でも痛いのか?」
「それはない。腹痛かったら普通に『いたい』って言うし」
「じゃあなんなんだよ」
「それがわかんないんだって」
とまぁ、友人からもたらされた話は要領を得ないものだった。話だけ聞いていると子供ながらに意味のない言葉を喋って親が喜ぶ姿と見て自分も喜んでいるだけのように感じるが、どうにもそういうわけでもないようだった。
「なんかさ、急に『ごろごろ』って言いだすんだよ」
「お前の子供は猫か?」
「なんで猫なんだよ。つーか猫はにゃーにゃーだろ」
「そりゃそうだ」
「じゃなくて、急に『ごろごろ』って言うんだ。それも場所関係なく」
「なんで?」
「知らねーよ。たださ、たまにあっちに『ごろごろ』いるーって言うんだよ」
「なにそれ」
「俺が思うにだけど、『ごろごろ』ってのは生き物なんじゃないかって思うんよ」
「ってことは子供にはその『ごろごろ』とやらが見えてるってこと?」
「それがなんなのかまったくわからんけどな」
こんな感じで話がまとまりかかったんだけど、友人がふと何か思い出したようで、
「そういや、アイツが俺のこと見て『ごろごろー』って言ったことあんだよ。それでごろごろってなにー? って聞くと『それごろごろー』って言うんだ。なんだと思う?」
「急にクイズ始まったよ。それだけでわかるか。せめてテレフォンくらい用意してくれ。もしくはオーディエンス希望」
「んなもんあるか。まぁ答えを言うと子供が指さしたのって『ネクタイ』だったんだよ。ネクタイ指差してごろごろーって言ったの。意味わかんなくね?」
「そりゃ意味わからんな」
「だろ?」
「でもさ」
「なんだよ」
「なんでネクタイなんだろうな」
「なんでって……知らねーよ」
「……あんまり考えたくないけどさ、それ本当に『ネクタイ』だったんかな」
「どゆこと?」
「いや、さ、あんまり言いたくないんだけど、それ『ネクタイ』じゃなくて『ロープ』だったとか」
「……まさか」
「わからんよ、わからんけど、そうすれば『ごろごろ』の意味もなんとなくわかってくるようなしないような」
「意味とは?」
「その『ごろごろ』がなにか喋ってるんだけど、首がキュッと締まってるから上手く言葉にならなくて喉が『ごろごろ』と」
「マジか……」
「や、多分、多分だけど、そうじゃないかなーって」
「じゃ、じゃあ仮に、仮にだ。そうだったとしたらどっちだと思う?」
「どっちとは?」
「あー、その『ごろごろ』が自分で“アレ”したのかもしくはされたのか」
「……さぁ?」
とここまででそれ以上考えることは止めた。なんかそれ以上踏み込んじゃいけない気がしたから。
ともあれ、その『ごろごろ』が果たしてそうなのかどうなのかはわからないし、わかりたくもない。が、友人の子供にはナニカが見えてたということだけはハッキリしている。それが自らなのか他によるものなのかは知る由もない。世の中には知らない方が幸せってことも山ほどあるしな!
もしアンタに子供がいたらその子供の言動には気をつけたほうがいいかもしれない。もしその子が変わった言葉を喋っていたら、もしかしたら見えちゃいけないものが見えてるかもしれない。
最後に十年近く前、友人が地元のパチ屋でクールポコが来店した際にサイン会が行われたらしいが、誰ひとりとしてサインをもらいに行かなかったというのもある意味ゾッとする話なのは内緒。俺は応援してるぞ!
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