第16話 中古車
俺は仕事上、いろんな車を扱うことが多い。もちろん新車だったり中古車だったり、所有者がいる車だったり様々な車を扱っている。そんなわけで実にいろんな車を見てきた。車を見ればその車の持ち主がどんな人なのかなんてことがおおまかだがわかったりもする。例えば車の中が汚れてたり、ゴミなんかが落ちていても無頓着な人は車の運転が荒い。ココナッツ系の香りがする車には倖田來未か浜崎あゆみのCDがある。パステルカラーの車はそれなりの年齢を重ねられた女性がよく乗っている。と、あくまで俺の主観であり偏見だ。なのでこの限りじゃないので与太話くらいに留めておいてほしい。
まぁ実際にあった話として、車種は伏せるが洗車のためにトランクを開けようとしたら「なに勝手に開けとんじゃゴラァ!」とマジギレされたことがある。そのお客さんは見た目からしてイカツイ系の方で黒塗りのドイツ車ということもあってまぁそういうことだよねーと思わせてくれるような方だったため、見られるとまずいものが入っていたんだろうと思う。
他にもこれは知人の話だが、仕事中に一台の車が来店されて、どうにも車から変な臭いがするから見てほしいとのこと。車も機械なので変な臭いがすると言われたら思いつくのは鉄の焼ける臭いだったり、もしくは油の臭いだったり、不凍液(冷却水)が蒸発した際に発生する甘ったるい臭いだったりを想像する。
しかし、その車から感じたのは髪などが燃えた時に感じるなんとも言えない臭いだった。お客さん曰く、ここ数日この変わった臭いがするとのことで、それ以外におかしなところはないという。知人は嫌な予感を感じつつ、ボンネットを開ける。するとそこにいたのはすでに変わり果てた姿の猫がいた。
猫というのは暖を求めたり狭いところに入る習性のある生き物なんだが、そんな猫にとって車というのは絶好の隠れ家になっている。特に、走行した後の車というのはほどよく暖かくてちょうどいい隙間もある。そんなわけで猫がエンジンルームに潜り込んでしまい、それを知らない持ち主がエンジンをかけてそのまま……、ということがたまーにある。俺はまだ猫をエンジンルーム内で見たことはないが、変わり果てたカエルのミイラだったり、つい先日もすっかり変わり果てた姿の小鳥さんをボンネット内から発見したことはあった。出来ればこのまま発見しないでおきたい。きっとトラウマになるから。
さて、そんな前置きからして今回は車にまつわるお話。怖い話の中でも車にまつわる話としてお札が貼ってあったとかそんな話がちらほらあったりするが、残念ながらお札はまだ見たことはない。代わりにすっかり干からびたからあげくん(レッド)だったり、エンジンをかけたと同時にいかがわしいビデオが大音量で流れ、下手にオーディオなんかを触ることも出来ないため、エンジンをかけている間ずっと女性の艶っぽい声を聞くはめになり、それを他のお客さんに白い目で見られたりと別の意味でゾッとすることはあった。
ちなみに車というのは一人の所有者がずっと所有しているものでなく、何度か所有者が変わることがある。そのため以前の所有者がどんな使い方をしてどんな風にその車と過ごしていたのか、それがわからない。
一応、中古車を販売するに当たって修復歴があるのかないのか明示しないといけないのだが、修復歴というのは車のフレームを修理したことがあるか、などの重大な修理をした場合に修復歴アリになる。なのでちょこっとぶつけたくらいじゃ修復歴はつかないことも多い。ただ悪徳業者なんかだと修復歴があってもそれをナシと偽ったり、事故車同士をつなぎ合わせるニコイチなんてことをやっていたりもする。もちろん全ての車屋がそうではないので、あくまでそんなこともあるということだけ知っていてくれ。
これは俺の知人から聞いた話だ。知人も俺と同じく車を扱う仕事に携わっており、いろんな車をみている。ちなみにボンネット猫の話はこの人から聞いた話だ。ある日知人は一台のセダンをお客さんから買い取った。そのセダンは人気の車種で、程度もかなり良かった。むしろなんで手放してしまうのか疑問に思ってしまうほどだった。
ただお客さんはひどく疲れた顔をしていたらしく、車も言い値で買ってくれて構わないとのことだったから、急にお金が必要になったんだろうくらいにしか思ってなかったそうだ。でもこれならすぐに売れると算段をつけて相場より多めに色をつけて買取金額を提示したが、車を売りに来たお客さんはその金額に喜ぶでもなくああそうですかと言って店を後にしたそうだ。
お客さんの様子に若干の気味悪さを感じたものの、急に降って湧いた上物の車のこれからを考えながら車内を見ていると、後部座席の窓ガラスに手形のようなものがあったのに気づいた。割と車を買取に出す場合、少しでも買取業者の印象をよくするために洗車をしたり、車内を掃除したりして買取に出すことが多い。このセダンもさっきの持ち主がよほど大事に乗っていたんだろう、ヤニ汚れや食べ物のカス、手垢なんかもついてなくて、中も外も新車に近いほど綺麗なものだった。だからこそ余計にここについた手形が目立って見えた。
見落としていたんだろうか。確かに後部座席の窓ガラスについた手形は運転席からは見えにくいところにあった。でも、車内の掃除をしていたんだったら気づいてもおかしくはない位置でもあった。
よほど急いでいたのかもしれない。知人は適当な理由をつけてそれ以上考えることはしなかった。
あのお客さんから買い取ったセダンは、店に並べたところすぐに買い手がついて新しいオーナーが決まった。見立て通りすぐに売れたことに満足していた知人はあの手形のことなんてすっかり忘れていた。
それから一週間ほど経ったくらいだろうか、あのセダンを購入したお客さんから電話が入った。なんでも走っていると異音がするとのこと。いくら見た目が綺麗だったとはいえ、販売する車両はちゃんと整備してから納車している。整備しているときもおかしなところは見当たらなかった。とはいえ、お客さんがそういうのならもう一度点検する必要がある。綺麗に見えても中古車は中古車だ。なにがあるかわからない。
お客さんから車を預かり、もう一度丁寧に見て回る。しかしおかしなところはおろか、異音もしない。お客さんの勘違いなんじゃないか? そう思ったという。
お客さんに点検したところ異常は見られなかった旨を伝えて車は返した。しかし、その一ヶ月後車を購入したお客さんからこの車を買い取ってくれと連絡が入った。事情を聞くとやはり異音がする、そして気がついたら窓に手形がついているとのこと。何度拭いても付く手形に気味が悪くなったお客さんは車を手放すことにしたという。さすがにそんな不良品を売ったとなれば信用問題にもなる。セダンのお客さんには販売した金額と同額をお返ししてその車を引き取った。
知人はお客さんに言われたことが気になってしばらく自分でも乗ってみたそうだ。しかし、お客さんが言うようなことはやっぱりなかったという。それでも一度そんなことがあったため、またその車を販売する気にはどうしてもなれなかった。買い取ったときはいい買い物が出来たと喜んでいたのに、今となっては厄介な在庫を抱えてしまったと思っていた。
そんなある日知人の友人が店を訪れた際に例のセダンに目を付けた。友人は一も二もなくこの車を売ってくれと言ってきた。しかし、あんなことがあってからこの車にいい印象を持っていなかった知人は最初は断った。もちろんちゃんと理由も説明した。それでも友人はこの車に乗りたいということと、持っていても長期在庫になるだけだと思った知人はしぶしぶながらもその車を売った。念のため友人と一緒にその車のお祓いにも行ったそうだ。
知人が自身の友人にそのセダンを売って何ヶ月か経ったくらいか、そのセダンを買った友人が事故に遭った。幸いにも友人の怪我は大したことはなく、何かしらの後遺症が出るなんてこともなかったらしい。
見舞いに行くと友人はやや疲れたような顔をしていた。あの車に乗っていて事故に遭ったことを考えると、やはりなにかあったんだろうと思っていた。友人から聞かされたのはこんな内容だった。
あの車に乗り始めてから確かに妙な異音がしていた。その異音もコツコツとかコトコトといった機械的な物音ではなく、ギー、ギー、と何かをひっかくような音だったという。そして手形。最初手形を見つけたときは後部座席の窓だった。しかし、次にその手形を見つけたときは後部座席のドア側の窓だった。それからまたしばらくして見つけたときは助手席の窓に手形があった。そこで友人は気づいた。この手形、だんだんと運転席に向かってきてないか……? と。
そしてその手形がとうとう前の窓ガラスに付くようになったとき、道を走っていたら急に女が飛び出してきて、それを避けようとした結果、自損事故を起こしたということだった。だが、現場検証をしたところ、友人の言う女性はどこにもいなかったそうだ。目撃した人によると、友人が運転するセダンが急にハンドルを切って壁にぶつかったと話していたそうだ。それを見て飲酒運転でもしていたんだろうと警察にも疑われたが、当然ながらアルコールは検出されなかった。
友人は無事退院したが、乗っていた例のセダンは事故の衝撃で廃車になってしまった。代わりの車を探してくれと頼まれたが、出来ればセダン以外がいいと話していたそうだ。
ちなみに知人曰く、そのセダンは実は事故車両で、売りに来たオーナーよりさらに前の持ち主があの車で人が亡くなるような事故を起こしたんじゃないかと考えているようだ。もちろん真相なんて今更わからないし、それを調べる手立てもない。なので本当のところ何があったかなんて未だにわからないが、少なくとも車自体にとり憑いてしまった“ナニカ”がいたんだろう。
車を買う際には見た目や値段だけで決めてはいけない。もしかしらたアンタの知らない“オプション”が付いているかもしれないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます