第7話 貸出禁止

 あんたはレンタルビデオを利用したことはあるか?


 昔はそこいらに店があって、それぞれの店ごとに会員証なんかも作ってて、カードだらけになった人も多いんじゃないか? 最近じゃDVDやらブルーレイやらにとって変わられてビデオテープなんてものを目にする機会もなくなってしまったな。ちなみにDVDと違ってあれもこれもと借りてしまうと、やたらかさばって持ち帰るのも、返しに行くのも一苦労だった。たまにハズレのテープに引っかかると、画面にノイズが走ったり、最悪の場合プレーヤーにテープが絡まっておじゃんになってしまうこともあったな。かくいう俺も過去そういった経験をした奴の一人だ。


 当時CSでやっていたウルトラマニアックというアニメの最終回がどうしても見たくて最終巻だけ借りに行ったんだけど、その最終話の十分過ぎたあたりからノイズが走り、残り五分ほどで再生出来なくなったということがあった。借りた店に言うと申し訳ありませんとビデオ一本分の割引券をもらったが、残念ながらウルトラマニアックの最終巻はその一本しかなかったため、最終回がどうなったのか未だに知らない。


 でもビデオテープの利点ってのは、自分の見たい場面で止めておけるってところか。まあ俺も若い時は人様に見せられないようなビデオのお気に入りのシーンばかり見てた……と、そんなことはどうでもいいんだ。今回はそんなビデオテープ、中でもレンタルビデオ店にある貸出禁止となっているビデオテープのお話をしようじゃないか。


 そもそも、貸出禁止のテープの理由は前述の通り、テープの劣化により貸し出すことが出来ないからっていうのが一般的な理由だ。それ以外にも、内容があまりにも一般向けではなく、不特定多数の人にお見せすることが出来ないからっていうのも理由としてあげられる。


 じゃあ、それ以外の理由があるとしたら?


 もしかしたらレンタルビデオ店で働いたことのある人もいるかもしれない。あんたの店にはそんなの無かったか? まぁあったとしても見ることはオススメしない。なぜなら、それは“貸出禁止”だからだ。




 俺はある時レンタルビデオ店で働く友人から一本のテープを借りた。その友人曰く“貸出禁止”のテープらしい。内容は友人本人もよく知らないそうなのだが、とにかく貸出禁止のため客の目に触れることはおろか、働いてる店員でさえもそのテープの存在を知っている奴はほとんどいないらしい。なんでも友人がそのテープの存在を知ったのは、レンタルビデオ店の店長から面白いビデオがあるけど見てみるか? と言われたからだそうだ。店長が言うには本来は貸出しちゃいけないし、持ち出してもダメな品だそうで、正直なところ、そのビデオテープが持ち出されたところを見つかると結構まずいことになるらしい。


 俺としてはそんな厄介なもん渡すなよと思ったが、店長としてもそのテープをさっさと処分したかったんだろうと思う。まぁ事情はどうあれ、そんなものが今俺たちの手にある。となると、あとは言うまでもない。ビデオがあるならそれを見たくなる。それが人の心理というものだ。かくして、俺たちは暇してそうな仲間数人を集めてビデオの鑑賞会を始めることにした。仲間連中はどんな謳い文句で集まってきたのかは知らないが、大方、世に出回ってはいけない大人のビデオを手に入れたと思ってるんだろう。かくいう俺も中身は知らないからもしかしたらという期待は正直あった。


 集まったのは俺を含めて六人。それも年頃の男子ばかりだ。それほど広くない部屋の中に六人もの男子がひしめきあってるのそれはそれで暑苦しいものがあったが、暑苦しく感じたのはなにもそれだけが理由じゃないだろう。


「じゃあ始めるぞ」


 ビデオを用意した友人がゆっくりとした動作でビデオデッキにテープを挿入する。ウィーンとモーター音とともにテープが回り始める。


 ブラウン管のテレビに映し出されたのは俺たちの期待したような映像ではなかった。というのも、それはどこかの風景のようで、時折人の声が聞こえていた。例えるならホームビデオといったところか、そんなものだった。


 なーんだ、とちょっとがっかりした空気が俺たちの中に流れていた。とりあえずビデオを流していたが場面はずっとどこかわからない景色を映しているばかりで、大した変化もなかった。代わり映えのしない映像にいい加減飽きてきたところでビデオを止めようとすると、俺の携帯が鳴った。


 非通知着信だった。正直、非通知の相手の電話に出るか迷った。大方、非通知でかけてくるような奴にロクなのはいないと思っていたから、放っておこうと思ったが、携帯はずっと鳴り続けるばかりで、止む様子はなかった。そのままにしていても周りからの反感を買うだけだったから仕方なしに出ることにした。


「もしもし?」


 そう尋ねるも、電話の向こうにいるはずの相手は何も答えない。俺がもう一度「もしもし?」と、少し苛立った声色で聞き返す。すると受話器から聞こえてきたのは、ブツブツというノイズのような音だった。


 なんだよ気味悪いな。いくら呼びかけても返ってくるのはブツブツというノイズだけ。いい加減気持ち悪くなってきた俺は、電話を一方的に切ることにした。


 携帯をポケットにしまい、みんながいる部屋に戻ってくると、なんだか様子がおかしい。俺がどうした? と尋ねると、そのうちの一人が大丈夫だったか? とおかしな事を聞いてきた。


 大丈夫とは? 不思議に思っていると、どうやら俺が部屋を出たあとしばらくして、すごい怒鳴り声が聞こえてきたらしい。それこそなにを言ってるのか聞き取れないほどの怒鳴り声で、その声は全員聞いていたという。あまりにも激しい声だったから心配になって見に行こうかとしていた矢先に俺が戻ってきたといわけだ。そこで俺はみんなにかかってきたのはよくわからないノイズで、俺はもしもし? としか言ってないと言った。いや、そんなはずは、と一人が言うと急に、


 ドン!


 と、どこからか物凄い音がした。例えるなら屋根の上になにかが落ちてきたようなそんな音だった。急にした物音に俺たちが身動きできないでいると、流しっ放しにしていたビデオが砂嵐に変わっていた。友人がビデオテープを取り出そうとすると、何故か出てこない。よく見ると中の方でテープが引っかかって出てこれなくなっていた。どうにかしてビデオテープを取り出すと、テープは伸びて絡まって、終いにはプツンと切れてしまっていた。ただその様子がなんとなく排水口にたまった髪の毛のように見えて薄気味悪く感じた。


 友人がやべぇな。と呟いた。まぁいくら貸出禁止のビデオテープとはいえ、さすがに壊してしまうのは問題だったんだろう、そう思っていた。しかし、友人の言ったやべぇなの意味は違っていた。


 これ見ろよ。そう言って持ち上げたのはビデオデッキのプラグコードだった。ああ、ビデオテープを取り出すときに外したんだろ? 俺が聞くと、友人は静かに首を横に振った。


「違うんだよ。これ最初から刺さってなかったんだよ」


 それじゃあ俺たちは一体なにを見ていたのだろう……?


 それから何年かしてそのレンタルビデオ店はなくなってしまい、友人とも学校を卒業してからは疎遠になってしまったから、未だにあれの正体がなんだったのかわからない。ただ一つだけ言えることは、貸出禁止のビデオテープがあっても決して見てはいけない。なにがあっても自己責任ということだ。

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