第6話 踏切
ここまでこれを見てるってことは、あんたはずいぶんと怖い話が好きな人ってことがよくわかる。まぁ俺も怖い話は話すのも聞くのも好きな類だから、お互い様だな。今回はそうだな、前回が踏切にまつわる話だったから、今回もその踏切にまつわる話にしようか。
踏切の語源ってのを知ってるか? 踏切ってのは踏面切断っていう言葉の略語が踏切ってことらしい。踏面ってのが車輪踏面、つまり電車の通り道と人や車が交わるところ、そこで切断されるということから踏切とついたそうだ。まぁ本当のところはどうだか知らないがな。
さて、そんな踏切だが、踏切にもいろんなドラマがある。遮断機で離れ離れになった二人を切り裂くように電車が通り抜けるなんてシーンなんかよくあるよな。または踏切を超えた先に駅があって、そこからまた新しい一歩を踏み出すなんてことも考えられるかもしれない。そういった新しい一歩という形で演出にも使われたりするそんな踏切だが、別の意味で人生の一歩を踏み切ってしまったというそんなお話。
これは俺の地元にある踏切のお話。その踏切は駅に近く、交通量もそれなりにあるところだ。だが、夜はあまり一通りも多くなく、夜になるとしん、と静まり返って、電車が通るたびにカンカンという警報音が鳴り響き、警報灯があたりを真っ赤に染め上げる。それはまるで異世界に迷い込んでしまったかのような気分になる。
そんなある日、一人の男が真夜中にその踏切を通過しようとした。すると、タイミングが悪く、踏切の警報音が鳴りだした。ゆっくりと降りてくる遮断機を見ながら舌打ちさえしていた。というのも、この踏切は駅の近くにあるため、乗客の乗り降りなどがあり、そのせいで普通の踏切よりも待ち時間が長い。これは時間帯に関係なく、一定なため、何時に通ろうが一度引っかかるとなかなか通ることは出来なくなる。男の中でまいったな……という気持ちが生まれた。
車の中にいるため、夏の暑さをあまり感じないで済んでいたものの、それでもじっと電車が通り過ぎるのを待つのはなかなかに退屈でもあった。この踏切は長い時で三分くらい開かないこともあるため、早く家路に着きたい男にとってはそれ以上の時間に感じられただろう。
そんな中、じっと電車が通り過ぎるのを待っていると、どこからか罵声にも似た声が聞こえてきた。車の中にいてその声がはっきりと聞こえるのだから相当大きな声だったんだろう。車内に視線をさまよわせると、ちょうど男に右側、つまり運転席のすぐ横に二十代前半くらいの髪を金髪に染めた、派手な見た目の若い男がいた。若い男は携帯で誰かと喋っているようで、会話の内容からすると彼女だろうか、どうやら別れ話をしているようだ。
男は内心、うるせぇな、と思っていた。ただでさえ踏切が開かず、苛立っているところに、他人の痴話喧嘩まで聞かされる羽目になるとは。さっさと開いてくれ、ただただそう思っていた。しかし一向に開くことはなく、カンカンという無機質な警報音だけが響いていた。
男は警報音と痴話喧嘩を聞くくらいならラジオでも聞こうかとボリュームを上げたが、どういうわけか電波が悪いらしく、ザザ、というノイズが走るばかりでとてもじゃないが聞けたものじゃなかった。しかたなくボリュームを下げ、また警報音と痴話喧嘩の騒音の中に舞い戻った。
にしても、なにを言い争ってるんだ。
ふと、若い男の会話が気になった。さっきからずっと怒鳴ってるが、そんな調子じゃそりゃあ彼女だって別れたくなるだろうに。顔も知らない相手の事を思うと、少しだけ胸がスっとした。
しかし遅いな。
いくら時間が時間といってもいくらなんでも遅すぎる。なかなか開かない踏切に苛立っていたのはなにも車内の男だけではなかった。
「ああ!? なんだとコラ! もういっぺん言ってみろ!」
携帯越しに男が怒鳴る。降りたままの遮断機に蹴りまでいれていた。
おいおい、さすがにやりすぎじゃないか、車内からそれを見守る男でさえいい加減、穏やかじゃなかった。
すると若い男は踏切の中に入ってしまった。そしてこう叫ぶ。
「そう言うんだったら、死んでやるからな!」
おい、よせやめろ。そう思ってたまらず男が車内から飛び出した。
すると、タイミングを見計らったかのように電車のライトが暗闇を切り裂くようにパッと現れた。そしてそのまま若い男を巻き込むようにして、通り過ぎていった。
男は一瞬なにが起きたのかさっぱり理解出来なかった。ただ、電車が通り過ぎた。男が轢かれた。それだけははっきりしていた。
慌てて男も踏切の中に飛び込む。……しかし、そこにはあるはずの男の姿も、持っていたはずの携帯も、それどころかさっき通り過ぎたはずの電車の姿さえもなかった。
……夢か?
そう思ったが、ゆっくりと遮断機が上がっていく。これは今まさに現実にあったことだった。
背筋に寒気を感じた男はその場を早く過ぎようと車に乗り込み、アクセルを吹かす。
すると耳元でこう聞こえたという。
「おまえも……こっちへ来るか……?」
と。
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