第87話僕と契約して魔動具職人になってよ!

「で、出てきたのがコイツって訳」






 屋外デッキの上に置かれたコルクで封をされたビンの中にそいつは閉じ込められていた。ビンの半分くらいまでは水で、そこから小さな女の子の上半身が生えている。捕らえられた危機感がないのかそいつはキヤから奪ったバーベキューの肉をムッシムッシと夢中でむさぼっている。タレが水に垂れて茶色く汚していてもお構いなしだ。神秘って何だっけ。




 ビンから少し距離を取りながらゴルドワーフがビンを覗く。それはこの妖精にとって僥倖だったろう、いきなりイカツめ筋肉マシマシのオネェの顔面が接近して来たら誰だってビビる。誰しもがビビる。俺も例外ではない。




 カレンの一撃で水が散らされ水面に落ちた妖精の目の前にバーベキューの肉を入れたビンを設置、妖精が肉に食いついた瞬間コルクで厳重にフタをしたのである。






「水の精霊……っぽいわね。詳しくはわからないけれど恐らくウンディーネかしら?」




「そもそも妖精とか精霊がこんな人里に現れるもんなんスか?」




「時たまイタズラ好きな精霊や妖精が人里に下りてくることはあるわよ。だからソレじゃないかしら」






 ゴルドワーフは難しそうな表情で顎をさする。キヤ達も基本的に魔物素材はともかくとして生きている魔物、ましてや精霊や妖精など見たこともないので興味津々だ。だが知識としてそれらの危険度は知っているのであくまで慎重だ。世界中でイタズラ好きな妖精が引き起こした災害は数知れず、そもそも彼ら自身が先ほどエラい目に合わされた。






「どうするんですコレ? 適当にその辺に棄てるのはちょっと怖いっすよ? 俺らみたいな被害者がまた増えちまう」




「そうよねぇ……一応昨日の貴族様、ハインツナイツ様だったかしら? に報告してどこか魔法機関に引き取ってもらうか、この子が飽きて帰ってくれるかになるわね。ヘンに刺激するとタイヘンなことになっちゃうから」






 遊びに来たのに思わぬトラブルで工房メンバーがため息をつく中、ビンの中の妖精は肉を食べ終えたらしい。幸せそうな表情でげぷぅと空気を吐いた。なんとも人間臭い、そしてビンの中はきっと肉臭いだろう。そして周りを見回し、キヤに視線を向けると子どものような笑顔を浮かべキヤに手を振る。この反応にキヤは困ったものの、苦笑いしながら手を振り返した。






「これだけ見てるとカワイイんスけどねぇ……水の精霊の名前によくついてる『ニ』に水の妖精馬『ケルピー』からとって『ニケ』ってとこスか」




「厨2乙」




「うるせぇやい」






 キヤとしては軽い日常会話だったのだろう、だが魔法生物にとって『名付け』は日常会話で済むものではなかった。ましてや自分を打倒した相手からの名付けは特別な意味を持ち、それは意図せずして契約と言う形でエニシが結ばれてしまったのだ。




 妖精入りのビンが淡い青い色にぼんやりと発光し、次の瞬間キツめにハメてあったコルクのフタが弾け跳び中身があふれ出す。そしてあっという間にキヤを包み込んだ。






「ッ?!」




「キヤさん!!」






 不意を突かれたキヤは思わずバタバタと腕を振るが、徐々にその動きが小さくなる。キヤを助けようとしたカレンだったが、先ほどの攻撃を繰り出せばキヤがただでは済まないため硬直する。そして






「ん?」




「あれ?」




「は?」




「何?」




「ありゃ?」




「あらあら……」






 そこにはキヤの肩に腰掛け嬉しそうにキヤの顔面に抱き着きながら頬に頬ずりする妖精の姿があった。










ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ






 降って湧いたキヤの新たなイジりネタにニヤニヤを隠せないサツキにキヤはわざとではないと憤慨している。妖精、もといニケはと言えば今度はバーベキューの野菜をデッキに座ってガジガジしている。好き嫌いが無いのはいいことだ。






「またキヤったら女の子拾って。ちゃんと生涯をかけてお世話したりお世話されたりしなよ?」




「自分から拾いに行ったわけじゃねーから!! そして後半の言葉が重すぎる!!」




「んで、どうするの、この娘(?)。妖精を連れ帰るなんて出来るの? 国の法とかに引っ掛かったりしない? 生態系乱す外来種的なアレで」




「現時点生態系よりも俺の平穏が脅かされてるんですが!! 契約破棄とかの方法を探す方向性で行きたいんですが!」




「手を差し伸べた女の子の手を振り払ってゴミみたいにポイ棄てするの? 控えめに言ってカスね」






 女性陣+オネェから白い目で見られみるみる小さくなるキヤ。ちゃうねん。ちゃうねんって。ふとマーソウがゴルドワーフに問う






「というよりゴルドワーフ、よく妖精との契約について知っていたな?」




「アタシみたいな鍛冶師の中にはね、精霊や妖精と契約して一緒に良質な武具を作るヒトもいるのよ。事実この世界に現存する聖剣や魔剣は、一流の職人と精霊や妖精が協力して一緒に打ち上げた物がほとんどと言われているわ。精霊は妖精よりも少し階位が上だから契約するのは難儀するみたいだけど、物好きな妖精ならたまに鍛冶師の元に現れて契約を持ちかけてくることがあるみたいよ」






 亀の甲よりも年の功ということだろうか。ここまで行くと神話の話に片足を突っ込んでいるような気がする。ちなみに現在精霊や妖精との契約は非常にレアな事件であり国が動くこともあるという。ギルガメスなら動く。間違いなく動く。それも国のためとかではなく面白そうだからとかいう理由で。どこかの王城の執務室で誰かさんがクシャミをしたようだ。






「その、こういったことへの対応の仕方と言うのは……」




「アタシが知っている限り一度契約してしまったらよほどのことがない限り離れてくれないそうよ? ヒドい扱いや酷使しようものなら末代までイタズラされたりとかね」




「ウソダドンドコドーーーーン!!!! 訳【嘘だそんなこと――!】」






 特大のお土産がまた増えたようだ。

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