鬼の腕(カイナ)

第21話第一級危険生物(いろんな意味で)

 とある山間部。普段は静かで鳥の鳴き声が心地良い穏やかな山なのだが、ここ最近はそうでもないようだ。



バギャッ!! メリメリメリ……ズゥゥゥン……



 山の中腹あたり、樹木が次々と何かにへし折られ倒れていく。そして響き渡る不気味な金切り声



『キャァァァラララララララララ!!!』


「ック……」



 山の中を疾走する影、どうやら金切り声の主は影を追いかけているようだ。黒いしなやかな触手のようなもので疾走する影を叩き落そうとし、結果木々が巻き込まれ次々と倒れていく。



やがて男は切り立った崖へと追い込まれてしまった。普段は後ろに撫で付けている群青の髪が乱れ、丈夫そうな魔物の皮のコートもところどころ破けている。肩で荒く息をし、手に持った剣は折れ、満身創痍だ


 そして森を切り倒しながら現れたモノはおぞましいの一言に尽きた。



 枯れ枝のように細い触腕の先には人間のような手に鋭い爪、それが三対計六本、丸太よりも太い寸胴状の胴体から生えている。背中に生える黒い体毛のようなものは触手であり、先ほどから木々を切り倒していたのはこれだ。


 体の後部に尻尾はなく異様に膨れ上がった肉の袋が、魔物の息遣いに合わせてダルダルと震えている。そして顔の形は亀の頭に似ており赤黒く脈動し点滅している。目はなく、口が正面から縦に切れ目を入れるように開き、半開きの口からは鋭い歯が見えよだれを垂らしている。


 よだれが垂れるたびに大地から煙が上がる。どうやら強烈な酸性があるようだ。と、頭が胴体にずるずると引っ込んでいく。まるで亀が身を護るために頭を引っ込めるように。だがこの魔物にとってはコレは攻撃手段だ



『ゴブェェェェェェ!!!』


「ッ!!」



 とっさに飛びのいて身をかわす男。刹那、男が立って居た場所にドロドロの黄色っぽい白濁液が着弾する。それは鼻を突き刺すような刺激臭を上げながら地面をドロドロに溶かし、大きな穴をあけた。強酸性の粘液だ



「………」



 男は満身創痍ながらも諦めなかった。なにか使えるものはないか。コートのポケットを探ると、なにか丸くてツルツルしたものに指先が触れる。これしかない。



『キャルァァァァァァァァ!!!』



 ガラスをすり合わせるような不快な鳴き声を上げながら魔物は突進する。それに合わせて男は走り出し、取り出した『火の魔石』に限界まで魔力を注ぐ。縦に裂ける口が大きく開かれ、その奥から更に小さな口が男を食い殺そうと開いているのが見えた瞬間、男は魔石を持った左手を突き出し魔物の口へと叩き込んだ


「喰らえ!!」


『モグェェェェェェ?!』



 今!! 次の瞬間男は左腕を折れた剣で肩口から切り落とし、ついでと言わんばかりに魔物の首筋に折れた剣を突き刺し離脱した。うまそうに男の腕を咀嚼する魔物だったが、次の瞬間



ボォォォン!!



『グベァェェェェェ?!?!』


「ぐ、よし……セレーニャ!!」



 魔物の体内で暴走した火の魔石が大爆発を起こし、魔物に大ダメージを与えた。内臓が焼かれる激痛に悶え転げる魔物。それを確認した男は崖から身を投げた。すると、どこからか巨大なカラスが出現、男を引っ掴んで街のほうへと飛び去って行った





ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ



 男が戦っていた山からほど近い冒険者ギルドは騒然とした空気に包まれていた



「おい、ギルバがやられただと?!」


「マジかよ、ありえねぇ……何があったんだ?」


「わかんねぇ。どうやら片腕をやられたらしい。そのことでギルマスから話があるらしい。なにかあるぞこれは……」


「うまくいけば稼ぎ時、リスクは高そうだがな……」








 ギルドの奥にあるギルドマスターの部屋にて。男、ギルバは沈痛な面持ちで山であったことを報告していた



「……バカな、と言えればなんて楽だろうな。だが報告者のお前のケガ……本当と言わざるをえん」


「間違いない。ここのところ山で行方不明者が出る原因。インクブスがでた」



 インクブスとはインキュバスとは全く別系統の肉食性の魔物である。夢魔の一種であるインキュバスは人間の精神エネルギーを糧としているが、インクブスは生き物であれば何でも食べるのだ。頭の形などの特徴から亀の魔物の一種ではないかと魔物学者の中では議論されているが、正直素人が見たらどう見ても男性のソレである。


 おぞましい見た目、そしてその枯れ枝のような足に似合わぬ俊足に伸縮自在の触手、そしてどんなものも溶かしつくす強酸性の粘液。素材もそれほど珍重されているわけでもなく(というかどんなものにも使用したくないが正しい)、戦闘能力も非常に高く割に合わなさすぎるため冒険者からは嫌われている。


 だが駆逐せねばその貪欲すぎる食欲で辺り一帯の生物全て根こそぎ食いつくそうとするからタチが悪い。




 ポーションで出血は収まったものの、切り離した腕の部分に包帯をぐるぐる巻きにしているギルバは言った。薄くなった頭頂部をボリボリとかきむしりながらギルマスは頭を抱える。だが顔を上げ、ギルバの帰還を喜んだ



「よく生きて帰って来てくれた。倒せたのか?」


「わからない。左を犠牲に大きな隙を作った。その隙に逃げてきた。それが限界だった。倒せたかどうかの確認はできていない。出現したという証拠なら、一番高い山の五合目あたりに木々がへし折れた跡がある。触手の破片や溶解液が残っているだろう」


「そうか……この後確認させよう」


「高ランク冒険者ならまだしも低ランクに行かせるのは危険だ。倒せたという確証がない以上、高ランク冒険者に山を巡回させる必要がある」


「そうだな……幸いお前の他にも高ランクのパーティがこの街にいる、そいつらに行ってもらうとしよう。それでお前は……どうするつもりなんだ」



 片腕の喪失。それは冒険者生命にとって致命的なケガだ。武器も振るえず、バランスも崩しやすく、言うまでもなく日常生活も困難になる。



「……まったく活動が出来なくなるわけじゃない。剣が握れなくとも俺にはこいつらがいるからな」



 ギルバが足元に目を落とすと、不自然に彼の影が揺らぐ。刹那、そこから真っ黒な大型ネコ型魔物と大型の鳥の魔物が出現しギルバにすり寄った



「そうだったな」


「やれる依頼は確実にランクが落ちるだろう。だがそれだけだ」


「ふむ……ときにギルバ」


「なんだ」


「ギシュ、というものを知っているか?」




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