第19話このおじいさんはとある喜劇の人物とはまったく関係はございませんこともない
「はわ、はわわわ……」
「ふぅん……イイじゃない」
キヤの職人ギルド登録の後、三人はギルドの裏庭に出てキヤの再現品を検分していた。書類だけではわからないこともあるし、キヤの作ったものは今までにないものばかりなのでこういった処置も必要なんだそうだ。キヤが持ってきていたのはからくり人形、改造荷車、そして耕運機だ。そして案の定二人は口を大きく開けて驚愕している
「とまぁこんな感じのものをこれから作っていきたいなと。どうでしょ?」
「キヤさん……コレはすごいですよ!! まさかハズレとされていた魔石でこんなに革新的なものが作れるなんて!! このコウウンキ? は農業に革命をもたらします!! それにこの荷車も私のような非力な人にも使えるのがスゴくいいです!!」
「耕運機に関しては現役農家さんの使用感といった意見も取り入れつつ作りましたからねー、モノはいいはずですよ。この商品の販売が軌道に乗ったらもっとスゴいのを作りますよ! この荷車をもっと効率化して革新的な移動手段になりえるモノとかね」
「本当ですか?! それはスゴく楽しみです!!」
興奮のあまりピョンピョンしているシャルノームと、それにつられてピョンピョンするキヤ。だが勝手についてきていたオネェは深刻そうな表情で腕組みをしている。ガタイがガタイなので威圧感がヤバい
「確かにこれは素晴らしいものだわ。ねぇボウヤ? これからあなたの作ろうとしているものの中にはもっと恐ろしいことに使える道具もあるんじゃない?」
「……へぇ? 参考までに、これらの道具からどうやってその結論へ?」
その指摘にキヤは思わず口角を上げる。キヤの顔を見たシャルノームはその笑みを見て凍り付く。シャルノームはキヤから邪悪ではないものの、一種の狂気を感じ取ったのだ。
「いえ、なんとなくそう思っただけよ。ごめんなさいね、気にしないで貰える?」
「包丁とは。食材を切り作る料理の為に形を整えるためにありますが、意図せずして『切ってはいけないもの』も切ってしまうことがあります。まぁそんなことをするのはシロウトでしょうが。真っ当な人間なら大丈夫でしょう。俺はそう信じます、俺ったら信心深いので」
「……なるほど。無粋だったわね」
「職人なんてそんなもんですよ」
キヤの返答にオネェは満足そうに笑みを浮かべた。その後キヤは手続きを済ませ、滞在しているというオンディスの屋敷へと戻っていった。
一流職人と職人の卵が交わした短いやり取りに込められた意味はなんなのだろう。その日の夜、シャルノームは一晩考えて自分なりの解釈を出した。そして彼を邪な考えを持つ者から遠ざけることを誓った。
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
キヤはオンディスから借りている倉庫に再現品をしまい、裏口から自室へと戻ろうとしたとき。一人のメイドがキヤを見つけこっちによってきた。
「どーもメイドさん、ただいま戻りましたー」
「おかえりなさいませ、キヤ様。お疲れのところ申し訳ありませんがオンディス様がお呼びです、私と一緒に来てくれませんか?」
「オンディスさんが? わかりました、ついていきます」
「ありがとうございます、ではこちらへ」
メイドについて屋敷を進んでいくと、応接間のようなところへ通された。恐らく重要人物と話すときに使っているのだろう、調度品が他の部屋と違いモノがいい。
部屋に入るとオンディスがいつものように優雅に椅子に座っていた。が、目の下に隠しきれないクマがある。ハンド曰く、ちゃんと仕事やってれば徹夜なんざバカなことはする必要はないとのことなので、正直オンディスの自業自得のようだ。
「あぁキヤさん。おかえりなさい、急にお呼び建てして申し訳ありませんねぇ」
「いえいえ、大丈夫っすよ。それで、何で俺呼び出されたんでしょうか?」
「これからキヤさんが始める仕事について、頼れる人をお呼びしたんですよぉ。言ってしまえば、商人の方です」
「あー、カラクリだの物珍しいモンですから、売り込みをかけるためにまずは商人からってワケですかね?」
「察しがよくて助かりますよキヤさん。比較的最近できた商会なのですがね、その会頭の方が一代で貴族と取引できるように育て上げた剛腕の持ち主でしてね」
「あー、ヤバそう」
「大丈夫ですよぉ。私もフォローしますし」
と、部屋のドアを叩く音とメイドの失礼しますという声。
「オンディス様、ハナツキ会頭様がお見えになりました」
「通してください」
「ン?」
ドアがメイドによって開けられ、メイドについて入ってきたのはおじいさんだった。杖を突き、腰も曲がっていることからなかなかの高齢のようだ。頭頂部は禿げ上がっているが側頭部にはクセのある白髪が生えている。服装は簡素ながら汚れ一つなく、手入れが行き届いている。なんにせよ、一代で貴族であるオンディスと顔見知りになっているあたり油断ならない相手だ。
「おぉオンディス君、邪魔するよ」
「邪魔するんやったら帰ってー」
「あいよぉ……ってなんでやねん!!」
キヤが反射的に答えてしまったフレーズ、踵を返す会頭、そしてすかさずつっこむ会頭。応接間の空気が凍り付いた
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
キヤは土下座
ゲザ
っていた。そりゃもう見事な五点着地だ。オンディスはメガネをずり落とし、表情が引きつっている。だが会頭のおじいさんはキヤのボケにニコニコと笑っている
「ほんっとーに申し訳ありませんでした、許してくださいなんでしますから!!」
「む? 今なんでもするって言うたか小僧?」
「あばばあばばばばばばば……」
「カッハッハ!! 冗談やで冗談! ……三割ほどな」
「後の七割が怖すぎる!!」
仲良さそうに漫才をする二人に、オンディスが心底安心したという風にため息をつき、ずり落ちたメガネを押し上げる
「ふぅ。キヤさぁん、今後はそういった冗談はこういう場ではしないでくださいねぇ? でないと今度は物理的に喋れなくなりますよぉ?」
「ほんっとーにすいませんでした……」
再び頭を下げるキヤとオンディスだが、会頭自身はまったく気にしていないようだった。むしろ愉快気にケタケタ笑っている
「会頭殿、申し訳ありませんでした」
「カッハッハ、かまわんかまわん! イキのいい若造は嫌いではないからの! 今のネタがわかるということはお前さん、関西圏だな?」
「ウス、兵隊の武器庫の地域出身ッス……ん?」
会頭の口から出てきたのはキヤにも馴染みのある言葉。キヤの脳内の歯車がかちりと音を立てて噛み合う
「そうだ。ワシも所詮転移者というやつだ。名は
《シゲゾウ》、よろしくな木屋工太!」
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
「はへぇ、ということはシゲゾウさんは六十代でこっちに?」
「おぉ。縁側で茶ァしばきながらボーっとしとったんだが、ふと気が付けばこっちにな。どうせ向こうじゃ徐々に枯れて死ぬことになっていただろうし、こっちに来てよかったと思うとる。まったくこちらの世界ときたら、退屈させてくれんよなぁ!!」
はつらつとした喋りに少々キツ目に聞こえる方言を話すシゲゾウ。年は違えどキヤとシゲゾウは同郷の出身だったのだ、話が合わないはずはない。
「それでな小僧、ワシはやってやったんだ」
「ック……ハイ、何をです?」
「『つまらないモノにはキィーーーーク!!』 とな!」
「ブフッウ!! やったんですか?! アレをやっちゃったんですかシゲゾウさん!! ブハハハハ!!」
「カッハハハハハハ!!」
めちゃくちゃ盛り上がっているキヤとハナツキ。置いていかれているオンディスは紅茶を飲んでいる。
「それでねシゲゾウさん、クフッ、俺は言ってやったんですよ」
「カフッ……なにをだ? ックク……」
「『新品の箱ティッシュの一枚目って絶対二枚出るよな』 って!!」
「カッハハハハハハ、ごふっ、ゲホゲホ……」
互いのネタに爆笑する転移者たち。オンディスはメガネを拭いている。
「それでな小僧、ワシは言ってやったのだ……」
「っふ、何をです?」
「『お前日焼けすると乾いたコーヒーみたいな肌の色になるな』ってな!!」
「イっヒヒヒヒヒヒヒ!!! かわいたこーひーーー!! ぶはっ、ぶえっほえっほ!!」
ガッシボッカ!!!
「そろそろ話しを進めてもいいですかお二人とも?」
「「ウス」」
オンディスに叱られ正座するジジイと悪ガキがいた。ていうかキヤとハナツキだった。
「それで小僧。お前はまず何を作って売ろうと思っている?」
「はい、まずは服飾に革命を起こそうかと。そして行く行くは……」
頭にたんこぶを乗っけて真剣な話をする二人はとても滑稽だった。
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