第10話(馬)車を手に入れたらぜひ積んでおきたい一品

サワァ……と草原に爽やかな風が吹く。風に髪を靡かせ、優雅に紅茶を楽しむ紳士はとても絵になっていた。と、紳士が紅茶の湯気を見て微笑を浮かべる



「風の音が変わってきましたよぉ? いつでも動けるようにしましょうか」



  これまた優雅に紅茶を飲み干し、紳士はゆっくりと立ち上がる。そして風の吹いてきた方向へ目を向けると、満足そうに紳士は微笑んだ。念願の通りすがりである



「すいまっせぇーん、おじいさんどうされましたかー?」


「あぁ助かった、申し訳ねぇですが手を貸していただきたいんです」



  現れたのはなにやら妙にゴテゴテした荷馬車を引く青年だ。額に職人が持っていた道具にそっくりな絵が刺繍されたバンダナを巻いている。衣服はこの世界の一般的な平民だが、腰に厚手の手袋や小さな木槌がつけられていたり、さらになにやらよくわからない道具がつけられた腰巻を付けている。



「馬車が壊れたりでもしたんですか?」


「へぇ、馬車の後輪の車軸が真ん中から……」


「あちゃあ……ちょいと見せてもらえます?」


「申し訳ねぇです……」


「困ったときはお互い様ッスよ!」



  青年はそう言って荷車を端へと動かし、ストッパーをかけ馬車の後部に向かう。そのとき御者は信じられないものを見た。荷車の車輪がひとりでに回っているのだ。風も先ほどの一吹きから吹いていない、なのにクルクルと車輪が軽快に回っている。思わず御者は目をこするが、目を開けた時には車輪の回転は止まっていた



「おじいさーん、替えの車軸って積んでますー?」


「あ、あぁ、へぇ……」


  無理やり車輪から目を離し、御者は自分たちの馬車へと戻る。青年は地面に手をつき馬車の下をのぞき込んでいた。



「ふむ、完全に折れてますねー、こりゃ取り替えなきゃダメだわ。車輪の方はどうにか無事っぽいと」


「それじゃあワシのご主人様を呼んできますで、二人で少しの間馬車を持ち上げておいてくれますか? その間にワシが修理しますんで」


「あ、いいですよ。持ち上げるだけなら俺一人で十分です」


「へあ? あぁ、身体強化のスキル持ちですかい?」


「スキル? あぁいえいえ、多分持ってませんよそんなスキル。ちょいと道具とってきます」


「??」



 青年の言葉におじいさんは首をかしげるばかりだった。そして荷車から謎の道具を持ってきた青年は道具を天に掲げダミ声で叫ぶ



「prrrrrrrr シュコァー、ジャッキとインパクトドライバー!!」


「じゃっ……へ? いんぱ?」



  妙な道具を持ってくるわ突然妙な音は出すわ道具をなぜか天に掲げるわ、御者では少々ツッコミ切れなかった。彼が持ってきたのは潰れたひし形に見える金属の棒らしきものと、これまた見たこともないような形をした道具だった



「あ、今のうちいつでも取り換えられるように車軸用意しといてくださいね」



  そう言いながら青年はジャッキと呼んだ金属の棒二つを馬車の荷台の下にセットする。補強材の入った、しっかりとした場所を選んでジャッキをセットしたようだ。そしてインパクトドライバーをジャッキの横の出っ張った場所にセットし、引き金を引くと



キュリリリリリリリ!!



「?!?!」



  妙な音と共にインパクトドライバーと呼ばれた道具の先端が回転しだし、ジャッキの形がみるみる横に長い棒から縦に長い棒へと変わり、どんどんせりあがっていくではないか。そして数秒立たずに地面についていた馬車の後部が地面を離れ、元の高さと同じくらいまでになった



「こ、これは……」


「おじいさん? だいじょぶ?」


「あ、へ、へぇ……」


「はよ車軸直さなきゃ道の邪魔になるしね、やりましょやりましょ。おじいさん、俺片方の車軸やるんでおじいさん反対側お願いしますー」



 言うが早いが青年は折れた片方の車軸を外し、腰巻についていた道具を使って車輪を外し始める。その手並みは素人ながらに鮮やかだった。



「おやぁ? これは一体……」



  馬車の裏側から紳士が顔を出す。ティーセットを片付けていた為タイミングがズレたようだ。そしてすぐにジャッキの存在に気が付く。その柔らかな視線はジャッキを見て一瞬で鋭いものへと変わる。



「………お兄さん、ちょっといいですかぁ?」


「はい? あ、この馬車に乗ってた人ですか。こっちはどうにかできるんで、もう片方の車輪いじってるおじいさん手伝ってあげてくれます?」



 紳士をチラリと一瞥すると、会話を返しつつ作業に戻る青年。さらりとおじいさんを気遣う様子に紳士の鋭い視線が幾分か柔らかいものに変わる



「そうですねぇ。直ったらぜひお礼とお話を伺ってもいいですかぁ?」


「いいですよー、それほど急ぐモンでもないんで」



  カラカラ笑いながら青年は車軸と車輪を外し終わる。どうやら今日は大物が釣れたようですねぇ、内心そう思いながら紳士はおじいさんの手伝いに向かった。



ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ




「よっし! こっちはいいですよーおじいさん」


「こちらもつけ終わりましたぞ!」


「そいじゃ支え取りますねー」



  青年がジャッキと呼ばれたものに、先ほどと同じくインパクトドライバーを使う。少し浮いていた馬車の車体が徐々に下がり、やがて馬車本来の姿を取り戻した。



「よっし、これでOKっすね!」



人懐っこそうな笑みを浮かべて青年は笑った

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