第9話 この紳士……セクシーすぎる……ッッ!!
「さて、もう1時間ほどで着きますよぉ? いいですかぁ?」
「わかったわ」
とある晴天の日、ガタゴトと音を立てながら馬車が道を行く。そこそこに装飾がされており、身分が高いものが乗っていることがうかがえる。馬車内にはメガネをかけたどことなく色気を纏う紳士然とした男性と、ツインテールの少々キツそうなツリ目の少女が乗っている。
『アナタの旧友が住んでいるのだったかしら。タイクツな田舎は勘弁よ? 森は向こうにいた時から飽き飽きしてるわ』
「黙んなさい駄狐」
少女の肩にふわりと現れたのは細長い真っ白な小さな狐だ。目の周りに赤いラインが入っており、どことなく神聖な雰囲気を纏っている。お腹の後ろ辺りから煙のようにボヤけており、言葉も話すことからタダの狐ではないことがわかる
「ハッハッハ、確かにこの土地一帯は王都のように華やかではないかもしれませんねぇ。でも、そういう静かな土地も悪くはないものですよぉ? ゴミゴミした人間関係も、ありませんしねぇ」
『【以前の世界】に居た時もわっちは同じような場所で暮らしていたわ。まほう、なんて神通力も、それほど大したものでもなかったし』
「ハッハッハ、参りましたねぇ」
クツクツと男性が愉快そうに笑みをこぼす中、少女はやれやれといった表情でキツネに突っ込む
「ホント黙ってなさい、毛皮千切るわよ」
『怖い怖い。わっちは惰眠でも貪らしていただきます』
キツネはそう言って虚空に溶けるように少女の肩から姿を消した。愉快そうに笑う紳士とため息をつく少女は今しばらく馬車の旅を続ける。
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
のどかな雰囲気漂う草原の道を進むこと数時間、場所に異変が起こった。
バギン! ガタン!!
長時間の馬車の移動で限界に達していた少女の尻が悲鳴を上げる。紳士も読んでいた本を取り落とし、メガネもずり落ちた。
「みぎゃぁ?!」
「何事ですかぁ?」
馬車の前方の窓から御者に問う紳士。物凄い焦った様子で老齢の御者が答える。どうやら馬車の車輪の車軸が折れたようだ。紳士は老齢の御者を窘めつつ馬車を下り、現状の確認を始める。のぞき込んでみると後ろの車軸が真ん中で完全に折れている
「おやぁ、思ったよりヒドい壊れ方をしていますねぇ。これじゃ馬車が台無しだぁ……おじいさん、ケガはありませんかぁ?」
「も、申し訳ありません……」
震えをどうにか押し殺しつつ御者は頭を下げる。ヘタをすれば斬首ものの失態だ。脂汗が御者の首筋を伝い地面に落ちる。だが紳士の反応は穏やかだった。
「お気になさらずおじいさん……モノはいつか壊れるもの、この馬車はそれがたまたま今日だっただけのこと。それより、長い間私の家の馬車を引いてくれたあなたのほうが大事ですから……」
「ご主人様……ワシは、ワシは……」
男泣きする御者の肩を優しく叩き、馬車を見る紳士。美談では現状打破はできない、紳士は思わず眉を顰める
「困ったことになりましたねぇ……おじいさん、替えの車軸は積んでいますかぁ?」
「っぐ、へ、へい、積んでおります」
「車軸を変えましょう。私も手伝いますよ」
上等な上着を脱ぎ、腕をまくり作業しようとする紳士だが、御者が止める
「ダメですご主人様! 重くて持ち上がりませんよ!」
「……それもそうですね」
そう、馬車の車軸を変えるには一旦馬車の荷台を持ち上げ、壊れた車軸を抜き、新しい車軸を入れなおさなければならない。この馬車には老齢の御者に少女、そして紳士3人だけが乗っている。とても馬車の荷台を持ち上げ続けられる人選ではなかった
「ふーむ、誰かが通りがかるのを待つしかありませんかねぇ」
『この世界の人物なら魔法でどうにかならないのかしら?』
いつのまにか出てきていた少女の肩に乗る狐が紳士に問うが、メガネを拭きつつ紳士は頭を振る
「申し訳ありませんが私もおじいさんも、こういったことに対応できる魔法は使えないのですよ。一応聞いておきますが、狐様はどうですかぁ?」
『残念ながらムリね。こっちに来て弱体化したこの体じゃその馬車を持ち上げられるだけの神通力は使えないわ』
「そうですかぁ。すみませんねぇ」
『かまわないわ。ただ、立ち往生は確定ね』
御者、少女、そして狐がため息をつく中、紳士だけは慌てず荷物をあさっていた。なんと紳士は馬車の格納スペースから小さなテーブルとお茶のセットを取り出しお茶を淹れ始めたのだ
手際よく集めてきた枝を小さく山のように盛り、魔法で火をつけお湯を沸かす
「こんなときにまでお茶ですか?」
「どうせ私達にはどうしようもないことですから。慌てたところで事態は好転しませんし、どうせなら休憩も兼ねてお茶の時間にしましょう」
「でもそんな悠長な……」
「幸いこの道は田舎へ通ずるものの、交通量はそこそこにあります。そして今日は週の変わり目、商品を売りに出かけた商人や職人が行き返りをするのもこの道。待っていれば誰か通りますよ。
この道の道幅は狭く私たちが退かなければ相手も通れない、となれば私達の馬車の修理に協力せざるをえません。まぁこの辺りの人は損得勘定ではなく人情味で溢れているので問題ないでしょう」
「うわ……」
腹黒、と少女は言いかけるがどうにかこらえる。この紳士、なんだかんだで上流貴族なのであまり不敬が過ぎるのもマズい
「さぁ、お茶が入りましたよぉ? どうぞ」
「……いただきます」
ЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖЖ
「うーうーうやーやーやーおーおーぅいえーいえーえー、うーうーうやーやーやーおーおーぅいえーいえーえー♪ おん? なんか止まってんなぁオイ?」
その日耕運機の耐久実験を終え、上機嫌で改造荷車を引く木屋工太が通りすがるのは必然だった。
「立ち往生かー、人間助け合いだし行きますか。ついでにコイツが使えればいいんだけど」
荷車についでにと積んでいた再現品を思いながらキヤは立ち往生している馬車へと近づいていった
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