壊死
ある日、眩暈がした。なんてことない日だった。
急に立ってられなくなって、尻餅をついた。
周りには誰もいない。
何故かほっとした自分がいた。
でも立てない。
力が入らない。
呼吸は正常。
なのに、心臓は早かった。
鼓動は、マラソンを走り終わった後のように動いていた。
少し酸欠気味だと思った。
深く息を吸った。
むせ返った。
さらに苦しくなった。
次は、心臓の動きに注意して、同じペースで呼吸してみた。
だんだんと、頭のモヤが晴れてきた。
少し安心した。
だが、それでは済まなかった。
当たり前のようになっていた日常では、睡眠不足だと分かった。
それに、何故気付いたのか。
会社から帰り、ひどく疲れた体で自炊なんてできるはずもなく、コンビニ弁当を買って食べていた。
その後に、シャワーを浴びて眠りにつくはずだったのに。
携帯が鳴った。
一体なんなんだよ。
そう思って、iPhoneを見た。
AM7:00 朝だった。
まだ弁当も食べ切っていない。
シャワーも浴びてない。
なのに、カーテンを開けると日差しが差していた。
何故か笑いが出た。
おかしい。こんなのおかしい。
だって今帰ってきて、弁当を食べていた途中なのに、今は朝ですか!?
そんなわけないだろうと、疑っても疑っても、変わらない朝。
どうやら自分は、弁当を食べている途中で“ぼー”っとして朝まで座っていたらしい。
ざっと数えて八〜九時間。
意味がわからない。
でも仕事に行かなきゃ。
弁当も残したまま、シャワーを浴びた。
するとすぐ、また携帯が鳴った。
浴室から出て、携帯を見た。
着信の相手は会社の上司だった。
急いで、電話に出ると「おはようさん、お前〜寝坊か? 体調でも悪いのか?」と笑いながら話しかけられた。
また意味がわからなかった。
会社は九時から始業のはず。
七時過ぎにはシャワーを浴びてほんの少ししか経ってない。
なのに、時計を見たら九時半になろうとしていた。
一体何が起こっているのかわからなくなって、ただ、目の前にぶら下がった遅刻をしてしまったという事実に慌てふためいた。
「す、すいません、すぐ向かいます!」
「おお、でもあんまり急ぐなよ。事故には気をつけてな」
そういう会話をして、電話を切って、仕事に向かう準備をした。
いざ、玄関に立ち、仕事用の靴を履こうとした所、よろけて盛大にこけた。
頭がフラフラする。
平衡感覚がなくなったみたいに。
起き上がって、また靴を履こうとしたら、またよろける。
今度は壁に手をつき、なんとか靴を履いた。
だが、いきなり嗚咽感が押し寄せてきた。
靴のままトイレに駆け込んだ。
盛大に戻した。
俺は何故か泣いていた。
いや、これは、吐いたから溢れ出た涙だと思った。
でも途切れることなく、涙が溢れでてきた。
ただ、何が何だかわからず、もう少し遅れそうな旨を会社の上司に連絡した。
「お前、仕事なんていいから病院行け」
そう上司に言われた。
近くの病院に電話をしても、「コロナ禍でワクチン接種も行なっているので、新規の患者様の対応ができない状態となっておりまして……」と断られた。
次にかけても、その次も、またその次も。
六件ほど病院に電話をかけたが、ダメだった。どこの病院もパンク状態のようだ。
とりあえず今の自分の状態をネットで調べた。
一番上に出てきたのは、うつ病に関する内容の記事だった。
まさか、でも、当てはまっていることばかり書かれていた。
少し勇気が必要だった。
なんとか意を決して、心療内科に電話をかけた。
今の自分の容態を説明して、病院に伺ってもいいか確認した。
返事は、明るい声で「いつでもいらしてください。今でしたらお客様も混み合っていないのですぐに診療できますよ」という言葉だった。
それから心療内科へ向かった。
診断の結果は、うつ病の初期症状ということだった。
その時には、ただ呆然と他人事のように進むだけのイエスマンになっていた。
病院で説明されるがままに、その日受け取った診断書を会社に持って行き、上司へ渡した。
「仕事なんかどうだっていいんだから、ゆっくり休め」と言われた。
「はい、ありがとうございます」
今日何度目かのイエスマンの返事をした。
家に帰り、残った弁当を食べて、朝食後の薬を飲んだ。
そしてベッドで横になった。
いつの間にか寝ていたようで、外は真っ暗で夜だった。
起きると頭はスッキリしていて、今日起きたことを思い出した。
病院では、とりあえず一ヶ月休職するように伝えられた。
会社にもその診断書が渡ったため、休職手続きをしたのを覚えている。
病院の先生の言葉がふと頭をよぎった。
「うつ症状が出ているので、朝、夕、寝る前にお薬を飲んでください」
あー、俺……うつ病になったんだ。
そう。俺は、壊れてしまったのだと思った。
そう認識しても、まだどこか他人事のようで、ちゃんと自覚しないといけない気がして、兄に電話をした。
今日起こった事、そして溜め込んでいた辛かったことを吐き出した。
返ってきた言葉は、「なんかうつ病とか騒がれてるけど、結局自分の甘えだったり、怠けの理由づけでしかない」という内容だった。
その時、無言で電話を切った。
また横になって布団に包まった。
今度は、心にあった大切な何かの一部が、死んだような感覚を覚えた。
涙は出ない。ただ、もう全部どうでも良くなった。
そして、夕食後と、就寝前の薬を飲んで、眠りについた。
書きたいことを、書きたいままに、書いてみた。 愛猫家ZONO @pilolikin
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