青年の憂鬱

 玄関から、鍵を開ける音が鳴った。

 少しの光が差し込んで、すぐに暗闇へと戻る。

 その暗闇の中に、青年は立っている。

 壁を触っている。指先で触れた感触を頼りに、何かを探しているようだ。

 灯りがついた。淡いオレンジの蛍光色。玄関だけ照らされて、その先の部屋は暗いままだ。

 青年は雑に靴を脱いだ。

 玄関には、右も左も揃うことなく転がる靴やサンダルが散乱している。

 構うことなく青年は進む。暗い部屋。立ち止まり、左手で壁を触る。

 じわっと、淡い間接照明が灯った。

 それでも、部屋は暗いままだ。

 うっすらとした灯りだけで、青年は事足りるようだ。

 椅子に鞄を置く。ネクタイを緩める。微かに、ため息をついた。

 ネクタイを外し、椅子に掛ける。

 歩きながらスーツの上着を脱ぐ。

 開きっぱなしのクローゼットからハンガーを取り、スーツを掛ける。


 それから青年は動かなくなった。

 白いシャツはズボンの中に入れられ、キッチリとした格好のまま、動かない。

 ただ呆然と、どこかわからない一点を見つめている。

 どれくらい経っただろうか。わからない。

 おおよそ十数分は同じ姿勢で立ち尽くし、一点を見つめていただろう。

 そんな青年は、我にかえったようだ。

「早く風呂入ろう」

 青年は脱衣所へと向かった。


 脱衣所から明るい光が溢れ出す。

 シャワーの音が鳴る。

 青年の着ていたものが次々と散乱していく。

 扉が閉まる音がした。こもった水音。

 その水音は、音色を変えること無く、二時間が経つ。


 びしょ濡れの青年が、出てきた。

 フローリングを濡らしながら構わず歩いていく。

 ハンガーに掛かった、洗濯されたであろうバスタオルを手に取り、身体を拭きながら脱衣所へと戻る。


 少し経つと、酷く疲れたように背中を丸め、パンツ一枚で暗い部屋に戻ってきた。


「もういいや……明日休みだし」


 青年はそう言い残すと、倒れるようにベッドへと吸い込まれ、意識を夢の中へと手放した。

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