魔法のベッド

 我が家には、魔力を帯びたベッドがある。

 木の素材でできた、六つ足のフレーム。その上に乗せられた、優しい弾力の白いマットレス。更にもう一枚、マットレストッパーという薄いマットレスが敷いてある。それらを全て、紺色のベッドシーツで一纏めに包んだ状態のものだ。

 サイズはシングル。Sサイズとも言われる。

 ん? 何やら、『筆者は独身か』『彼女いないのかよ』などと聞こえてきそうなことを言ってしまったが、それはいいだろう。

 それよりも、このベッド、魔力を帯びているのだ。

 それは、惹きつける魔力。

 対象は、人間だけではないようだ。

 家にいる猫も、犬も吸い寄せられる。もちろん私も。


 いつも、朝起きて、仕事である執筆しっぴつ作業に入りたい私を、執拗しつよう誘惑ゆうわくしてくるのだ。


 その誘惑に負ければ最後、もう抜け出せなくなる。

 猫は暖かい体を当ててきて、横で気持ちよさそうに眠る。

 犬は遠慮気味だが、足元にすっぽりと収まるように、体を丸めて寝てしまう。

 私は、身動きがとれなくなる。


 そのまま意識を奪われ、気づいた時には、夕暮れ。もしくは日の落ちた夜になっている。


 携帯を確認する。

 不在着信が、六件。

 着信履歴、担当編集、斎川さん。


 あぁ……また、やってしまった。

 今日のお昼に、進捗の連絡をすると言っていたんだ。

 それを、すっぽかしてしまった。

 彼女は優しい。だから怒ったりはしない。

 だが、それをいい事に約束を破っていいことにはならない。

 すぐに謝罪しなければ。

 一度、頭の中でシュミレーションをしておこう。


 電話をかけ直して、謝罪する。

 寝てしまっていたということを、素直に伝えよう。

 彼女はきっと、こう言うだろう。

『お疲れ様です。そんなに謝らなくても大丈夫ですよ。それより、進捗どうですか? 書けてます?』


 明るい声色が、脳内を流れる。

 電話越しでも、笑顔が伝わってくるような人だ。

 ネガティブな私が、気負わないように配慮してくれているのかもしれない。

 でも、進捗……は、進んでないな。

 まだ締め切りまで、日はある。大丈夫。


 そう思い、私は斎川さんに、電話をかけるのだった。

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