不自由な自由
学生時代、自習時間が嫌いだった。何の自習、なんて教科が決まってるならまだいい。テスト前だから各々自習してなさい、なんて言われると途方に暮れた。苦手な教科をやるのが一番なのだろうが苦手な教科ほど、何が分からないかが分からない。得意な教科は復習をするほどのことでもない。何をしていいか分からないまま、教科書を一頁ずつめくり、ノートを見直す。時間が過ぎるのだけを待った。
社会人になり、仕事が手薄になるのも嫌いだった。忙しければ時間はあっという間で、この次はあれ、あれの次はこっち、気付けば定時、そして残業というのが当たり前だった。年を増す毎に仕事に慣れていき、残業をしなくなり、そのうちに今はこれといった用事がないから自由にやってて、なんて言われると絶望した。
修平と結婚して、子供を授かり産休を貰うことになり、それならいっそ育休もとってゆっくりしたらいいという提案をされたが歩美は淡々と保育園に預ける準備をし、育休期間を短縮しパート勤務で仕事に復帰した。
「自由になった方がいいよ。ゆっくりしたら?」
という修平の言葉は歩美を苦しめた。
夕方まで仕事、そのまま娘の千紗を迎えに行き、晩御飯の支度をする。週4日、時間に追われているし修平自身は育児には無関心。同居の父母とは仲が悪くないわけではないが、いつ気を抜く時間があるんだろう。一年、二年と年月だけが呆然と過ぎ、ある時修平が残業と嘘をついていたことを歩美は知った。女だろうと察した。
身近な友人には相談できないけど、誰にも話さないとうっかり寝言か何かの拍子に口にしてしまいそうで、行きつけの喫茶店のマスターに愚痴った。なんて醜態を晒したんだろう。落ち込む私をマスターは励ましてくれた。それなのに。弱い自分を見せれなくて店に足が向かなかった。
そんな時だ。SNSのおすすめユーザーに修平を見つけた。車のチューニングやツーリングの記録や友達を見つける為ではない、別のアカウントだった。本名ではなく、まだ結婚する前に歩美が修平につけたあだ名で登録していた。
利用開始は半年ほど前。わざわざ作ったのだろうか、思い込みだと何度も何度も考えても、投稿した文章や誤変換は修平と全く同じ。見てはいけない気がしても画面を追う目は止まらなかった。過去の投稿を遡る。
結婚記念日の夜、みんなでケーキを食べて千紗の寝る時間に、「本当にこの人と結婚して良かったと思ってるけど大切な人がいるのに、他に好きな人ができてしまった」という投稿を見つけ愕然とした。
やっぱり、そうだったんだ、と腑に落ちた。変な気分だった。好きな人ができたという投稿に不釣り合いな、ケーキを食べた後の空になった見覚えのある皿の写真がやけに目に焼きついた。
修平の私に対する「好き」という感情は、この器は空になったのだ。離れて暮らすなら書類の手続きをしないといけない。子供の面倒もしたくないし親の世間話も聞きたくない。何より世間体がたたない。だから離婚は選ばないんだ。
歩美に残ったのは虚無感だけだった。
「好きという言葉の反対は嫌いではないよ。嫌悪という愛情がある。本当の好きの反対は無関心。気にも留めない。愛情が存在しないんだ。貴方は心配しすぎるけど、それは相手に愛があるからだ。」
心療内科に通うなか、医者に言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
私は愛してたけど、あの人は私にはもう無関心でした。
何かが崩れる音が歩美の耳にこだました。
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