独占欲

 黒河天音は男性に言い寄られるのは多い方だった。自分がそれなりに美人な自覚もあったし、好意を向けられていることに察するのも早かった。男は手の内で転がせる。そう決めつけていた。交際するのは羽振りのいい男だけ。あれが欲しいと言わなくても、可愛いと言えば過去の男達は何でも買い与えてくれた。

 仕事が終われば直ぐ会いたいし、社内恋愛なら一緒に帰って「仲良いよね」って同僚達に羨ましい目で見られたい。会社が近くなら迎えにきて欲しい。「彼氏に迎えに来て貰えるなんて素敵」とか「愛されてるね」って妬まれたい。休みなら全部自分の為に使って欲しい。だって彼氏だもの、全部当然。そう思っていた。

 けれども男達は借金だらけになって、別れて欲しい、付き合いきれないと破局を迎えた。


 欲しいなんて言ってない。いつか記念日が来たときのサプライズの予備知識をあげたつもりだったのに。

 ただ、私を愛して欲しかっただけ。いつも当たり前の様に傍に居て、抱き締めてくれるだけで良かったのに。甘ったるい言葉よりも高いプレゼントよりも、傍に居て、ずっと愛してくれたら幸せだった筈なのに。

 ママみたいになりたくない。

 天音の母は一番好きな人と結婚した。天音の父だ。しかし両家の親に勘当されて、父は常に仕事。家に帰る日は少ない。欲しいものをねだっても、パパと一緒の日にしようとしか、天音の母は言わなかった。でもその父とは殆んど顔を合わせない。

 思春期、多感な年頃に父の仕事が落ち着いて家に居る時間が増えた。肩や腰が露出した服を着て出かける天音に父は声を荒げた。

「もっとマトモな格好はできないのか!?」

「うっせえ!黙れ!」

 親子喧嘩と呼べるものなら、まだマシであっただろう。二人は喧嘩になるほどの会話ではない。父は天音が心配なだけだったが、天音は縛られている気分がして不快だった。父の居る家には疎遠になり、友達や男の家に転がりこんだ。高校はなんとか卒業。住所不特定で応募を躊躇い、社員寮のある会社を選んだ。よく見もせずパソコンで何社も応募をし、エントリーシートもデジタル。一社だけ人事担当と名乗る女性から電話があって、「いつから働きたいですか?」と聞かれ有頂天になったがそれは人材派遣会社だった。それも営業職で派遣「する」側ではなく「される」側だったのだ。

 簡単な事務作業で仕事は簡単だったし、周りより若く、器量が良かった天音は派遣されて直ぐに、何人もの男性から食事やデートに誘われた。行きはしなかったが、それを良く思わない女性から陰口を言われ、陰口に尾ひれがつき噂話が大きくなり、最終的に人事課から「悪いけど、そういう方はちょっと、」とトドメを刺された。

 長くて半年、短いと一ヶ月も働くことができなかった。

「どうしても事務は女性が多いんです。営業とかなら男性が主流ですし、少し方向転換しましょう!」

 天音の担当者は前向きだった。悪いけど、今日までという形で、とか言葉を濁されても「優しい」と言ってみたり、短期間にコロコロ派遣先が変わっても「縁がなかったんですね!」と笑顔だった。その笑顔が天音は怖かった。

 その仮面の下も笑ってる?嘲笑ってるの?


 担当者が言った通り、事務から営業職へ変えた。派遣先は化粧品メーカー。意外にも男性も多く驚いた。割り当てられた机をそっと撫でながら、今回はどれくらい居れるのかなとため息をつく。

「ここは社員と派遣さんは半々だけど、困ったら皆に頼ってみて。」

「ありがとうございます。」

 いつものようにふわりと微笑んでも誰一人も食事だ何だと騒がない。おかしい。本来はそれが自然なことかもしれないけれど。

「俺が営業部部長の二條。順番に眼鏡かけてるのが添島、猿田は元チーフ。もうすぐ部署が変わるんだ。新しいチーフはあれ。唯川。そこの村田くんは先週から入ったばかりだから教え合ってやってって。」

 はい、よろしくお願いします、と頭を下げても、張りのない声ばかりが返ってきた。

「歓迎会はいつにしようか?今日でいいか?」

 飲む場を二條に用意され、いいですね!と明るい声が溢れる一方で、すみません、今日はちょっと、と一人待ったをかけたのが唯川だった。

 唯川は愛妻家だからなぁ。今日も晩飯ちゃんとあるもんなあ。いい嫁さんもらったよ、うちのなんて、と話が膨らむ。

 ここは居心地がいい。できるだけ長く居たい。そして。

 あの愛妻家という唯川が欲しい。ああいう男なら押したら動きそうだし、奥さんが美人でないなら勝ち目はある。

 ひとつ何かを得ると独り占めしたくなる天音だった。

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