出会い

 男は裏切る。でも、メンテナンスさえ確りしていれば機械は裏切らない。仕事に打ち込んで、そのお金は全部バイクと車につぎ込もう。結婚なんて紙切れだし、生まれて育った場所が違うのに全てなんて理解しあえない。時々人恋しくなれば誰かと肌を重ねればいい。今までのように。

 歩美のバイクは中古で買った国産のアメリカンバイクだった。殆ど見かけで惚れ込んで購入した。季節の変わり目の晴れた日に風を切って走るのが快感だった。しかし、仕事場にバイクで通う度胸はなく、乗るのは休みの日だけ。しょっちゅうバッテリーがあがった。そんな時、女子会という名のツーリング仲間から連絡があった。妊娠し、バイクも車も手離すという。

 結婚したんだから、いつかはそうなると思ってたし決めてた事なんだけど、と前置きをして彼女は話した。集まった誰もがただ頷くしかできなかった。

「バイクは250だから、手離さなくてもいいとは旦那は言うんだけど、車はさ、」

 維持費がかかる。バイクは250㏄以下なら車検はなく、税金だって車より安い。手元に置いておくだけならばさほど大した額ではない。けれど車はそういかない。

 彼女の愛車はツーシーターのオープンカーだった。濁りもなければくすみもない、原色に近い赤。

「それに二人しか乗れないじゃん。これからお腹も大きくなるし、生まれたら大変なのにツーシーターなんてさ、」

 本当は手離したくない、としか聞こえない言葉で彼女は続ける。

「旦那と出会うよりも先に車に出会っててさ、思い出もあって、」

 どんどん溜まっていく涙が零れ落ちる前に歩美が口を開いた。

「どこに売るの。」

「まだ決まってないけど。古いし、大した額にはならないかも。」

「なのに売るの、」

「仕方ないよ。もう決めてた事だから、」

「私が買う。言い値で構わない。」

「あーちゃん、」

 溜まった涙が頬を伝った。

「いや、あーちゃんなら、お金はいらない、」

「そんなわけにはいかないよ。」

「ううん。あーちゃんなら絶対大事に乗ってくれるってわかってるから、お金はいらない。」

「それとこれとは話が別だよ。」

「違わないよ。お金は要らないから、時々車で遊びに来て。たまにでいいから乗せて。色んな場所に行って、色んな思い出作って。もう、私にはできないから、」

 ありがとう、本当にありがとうと何度も何度も、歩美の愛称を呼びながら彼女は歩美に抱き着いて泣いた。彼女との約束通り、色んな場所へ行きオフラインミーティング、いわばオフ会にも参加した。

 修平と歩美の出会いはそれだった。ツーリング目的で何人かが参加していてそれまではSNS上で知りもしなかった二人だったが年が近く、住まいも近かったので自然と引かれ合った。それは男女の引かれ合いではなく、友情のようなものだった。

「今近くで一人酒してるんだけどどう?」「次の休みいつ?」「今度こないだのメンバーでオフ会やるけど聞いてる?」

 口数も少なく、友人も少ない修平は異性を意識せず歩美に連絡をとってきたし、歩美もそれを何となく感じ取っていた。一緒にいる時ですらすれ違う女性を見て、ああいう美人はどんな男と付き合うんだろうだとかバストサイズの話をしたし、いつものメンバーで出掛けたり飲みに行っても回し飲みに抵抗しなかった。

 バイク、車、サーフィン、ギターと男性的なものに偏った多趣味な歩美は、出掛ければ男性に話しかけられたし、職場でもちょっとご飯でもとか今晩飲みに行きましょうとよく誘われたし、いつも誘ってくる男性は眼を見て話してはこなかった。いつも膨らんだ胸元に視線が向いていて、真摯さを感じられなかった。そんな毎日を過ごしていたからこそ修平が性別を気にすることなく、接してくれたのが歩美には嬉しかった。

 ツーリング仲間は男性ばかりではなく、女性は歩美だけではなかった。仲間同士で交際を始める者もいた。そして周りが交際を始めていき、修平と歩美の二人が残ったのだった。

「私らだけ残ったね。」

「まあね、あーちゃんはさモテるでしょ、俺と違って。」

「モテるっていうかヤリたくて近づいてくる感じだよ。みんな視線はここだから、」

と、歩美は胸元を指した。

「あー、わかるかも。あんまり意識してなかったけど、盛りの男にはいい的だよな。」

「なにそれ。嫌な言い方。」

「男除けとしてさ、付き合ってみる?俺ら、」

「えっ、」

「俺さ、あーちゃんのことしょっちゅう呼び出したりとかしてさ、最初は友達として接してたんだけど、なんか気付いたらあーちゃんが居ないとつまんないんだよね。」

 今までの修平では考えられないくらい真剣な目つきで、歩美は息を呑んだ。

「だからさ、俺と付き合って下さい。」

「はい、」


 そうやって、交際を始めた二人だった。歩美はそれまでロクな男と付き合った事がなかった。デートと言って、パチンコ屋の開店時間を待って延々と新台を打ったり、激しい束縛をしてDVに発展したり、早く結婚したいと言いながら実は不倫が原因で離婚しバツイチで別れを切り出したら一緒に養育費を払ってくれと泣いてせがむ人もいた。中には付き合ってると思っていたのは歩美だけで、向こうはただのセックスフレンドと思ってただなんて一人ではない。

 付き合ってください、と古典的に交際を申し込まれたのもいつぶりだったろう。もしかしたら初めてかもしれない。気づけば傍にいて、共通の趣味がある。彼なら、私を理解してくれるのではないか、そう思った。

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