第4話 出発

父さんが仕事に行ってからどれくらいたったのだろうか、時計を見ると普段なら電車に乗ってなくてはいけない時間だが今日は違う。いや今日からは違う。

そろそろナギっち起きてるかな?

ナギっちは学校から家がかなり近いのでいつも登校時間ギリギリまで寝ている。だからよく寝癖がついたまま学校に来ることがある。

気分転換の為に読んでいた本を閉じナギっちに電話をかける。

3回ほどコールがあった後声が聞こえた。

「只今電話に出れません。プーと言う発信音の後にメッセージを…プー」

「あーナギっち?その理由は信じてくれないだろうから伏せるけどさ私今日から学校行かない。先生にも言っててほしい。それじゃあ」

電話を切ったことを確認してから私は大きなため息を漏らす。

なんでもう少し長く喋らなかったのだろうと後悔する。だが後悔すると共にもしナギっちから折り返しで電話がかかって来ても出ないと決めた。

理由は単純だ、もう泣きたくない。

きっとナギっちの声を聞いたら安心とこれからの不安でまた泣いてしまうに決まっている。

しばしの別れ…そう思いスマホを机に置きさっきまで読んでいた本を開き読み始めた。

本を読み始め30分程たった。本を読んでいる間何度かスマホにメールや電話が来た事を知らせる通知音がしたが私は無視をした。

スマホの画面を見ると何十件もナギっちからメールや電話の通知が来ていた。

「うわナギっち怒ってるかな。まぁこれから長い間会わないし大丈夫か。次会った時謝ろ」

その次が来る事を願った。

「そろそろ支度しようかな。夜バタバタしたくないし」

特に意味はないが行動する前に声に出す。

小学生の修学旅行の時に使った大きなバックが押入れの中にあることを思い出す。

「あれ?このバックこんなちっちゃかったっけ?」

バックを押入れから引っ張り出したその瞬間

ピンポーン

インターホンが鳴った。

私はその音に驚き尻餅をついた。

ドンドンドン

インターホンを押した人であろうかドアを力強く叩いている。

私は恐る恐る玄関のドアについてある穴からドアの奥にいる人を確認する。

そこにいた人物は…

「ナギっち!」

学校に行ってるはずのナギっちだった。急いで鍵を開ける。

ナギっちはドアを開けるなりすぐさま私に抱きついたきた。

「なんで電話しといて返事返さないの!昨日のこともあって心配で来ちゃったじゃん」

しかめっ面でナギっちが語りかけてくる。

「来ちゃったってどうやって来たの?

てかあんた学校は?」

「学校?そんなのどうでもいいよ!そんなことより梓大丈夫?あんたこそ学校行かないってどういうこと?どんな話でも信じてあげるから理由言いなさいよ、理由を!」

私は絶対に信じてもらえないとわかっていながら自分でもわからないことの方が多いが昨日父から教えてもらった「力」のことを説明した。

ナギっちは最初明らかに疑いの目をしていたが私が真剣に説明している姿を見てか少し信じているような目になった

「あー本当に言ってるの?もしかしてバカにしてる?」

「ほらやっぱ信じてくれない昨日だっけ?電話したでしょテストの話。多分この力のせいだと思う」

「アズッさ頭でも打った?」

「やっぱ信じてくれないじゃん」

「いや信じるよまぁ理由はともあれ少しの間学校には来れないんだね。田舎ってどこ行くの?」

「私もよく覚えてないけど母さんのばあちゃんの家。島らしいよ」

「そっか。ねえアズッさ」

「なに?」

「絶対帰ってきてね」

「なにそれ笑える。当たり前じゃん夏休みが終わる前には帰ってきてるよ」

「そうじゃなくてその力のせいで…いややっぱりなんでもない。気をつけた行ってきてね…あ、あとこれあげる私はいつでも梓の味方だよ」

ナギっちは自分が身につけていたヘアゴムを取り私にくれた

その後少々の沈黙があったがその沈黙を裂くように電話の着信音が鳴り響いた。

「あーまずい母さんからだ。学校行ってないのバレたかも」

「それやばいじゃん早く行った方がいいよ」

「okわかった了解それじゃあ梓!気をつけて行ってきてね。それじゃあ」

「また学校で会おうね。ナギっちと話せてよかったよまたね」

ナギっちが玄関の扉を閉じるまで着信音は鳴り続けていた。

途中でナギっちが言いかけた言葉の続きを考えたら少し胸が痛んだがナギっちから貰ったヘアゴムを見るとなぜか笑顔になれた。

ヘアゴムは右手に巻いた。自然と恥ずかしい気持ちになった。

玄関の鍵を閉めて自分の部屋に戻るときテレビからニュースキャスターの声がした。

『強い勢力を持った台風が日本列島に近づいています。早ければ明後日にも本土に上陸する恐れが……』

おばあちゃん家では晴れてたらいいなそんなことを思いながら支度をすませ父さんの帰りをひたすら待った。

ちょうど読んでいた本の最後のページをめくった時だ。

玄関の方から父さんの声がした。

「ただいま」

普段は聞かない言葉が聞こえる

「おかえり今日も早帰り?」

「なにも異常はなかったか?」

「大丈夫…だと思う」

「そうか、ならいいんだ今日はもう寝なさい明日の昼家を出るぞ。それとあれだバスじゃなくて船で行くことになった。台風が来るから早めに橋を封鎖するらしい、ちょうど最後の便を予約できたんだ。運が良かったな」

「バスでも船でもばあちゃんの家まで行けたらなんでもいいよ。どうせ一人なんだし…」声がだんだんと小さくなっていく。

私は寝る準備を済ませ寝床につく。

こんなに早く寝るのは久々だ。本当は眠たいし寝たい、なのに眠れなかった。

怖かったのだ。父からの告白から1日経ったでもまだ心の中がざわめいている。誰でもいいからお前は絶対に大丈夫だと念を押されたい。

私は真っ暗な部屋の中震えながらもいつの間にか深い眠りについていた。

次の日私は父が誰かと揉める声で目が覚めた。机の上に置いてある小さな時計は午前11時を短い針が通り過ぎたところだった。

リビングにでると父は笑顔で迎えてくれた。

「誰と話してたの?」

「会社の人だよ。ちょっとトラブルがあってな。お前は気にするな、なんでもないから。もうすぐで家を出るぞ気分転換に風呂でも入ってきたらどうだ」

「そうする」

透き通った水を飲む、まだ生暖かいパジャマを脱ぎ、いつもより冷たく感じるお風呂の扉をあげる。

暖かいお湯が優しく全身を包み込む。

「やれる事は全てやろう。できないと思ってもやれるところまでやってみよう」

この力を手にしてしまったのは認めたくなくても事実なのだ。

その事実は変えられない。

この時のことはよく覚えていないがきっと私は泣いていただろう。

全身を流れて行くお湯に隠れて泣いただろう。

だがその時強く決断した。もう泣かないと。

風呂から上がると父はキッチンで立って弁当を作っていた。

「これ船で食べるといいよ。あっちにつくのは朝だと思うし」

私は父が好きだ。本当は仕事で疲れきっているはずなのに自分より相手のことを考え、そして行動する。

「少し早いが車で待っとくぞ。荷物はもう車に積んでるから気持ちを落ち着かせてから来るといい」

気持ちを落ち着かせたら、父はそう言ったが私はもうとっくにできていた。

弁当の入った巾着を持って玄関へ移動する父に私はついて行った。

バタンと力強く車のドアを閉める。

「ちょっと時間あるから寄り道してくか」

そう言って父は車を走らせる。

お気に入りの曲を流し陽気な父とは裏腹に私は陰気な気持ちで空を見ていた。

空を見るのは大好きだ。自分のちっぽけさを教えてくれる。

悩みも怒りも不安も何もかもちっぽけに感じさせてくれる。

でも今日の空は体調が悪いようだ。

全く落ち着けない。それどころか不安は大きくなっていく。視界がぼやけていくのがわかる。「空なんか…」

それから私は父に呼ばれるまでずっとリュックのチャックを見ていた。なにも考えずなにも感じず。

「梓、ついたぞ。このカフェで朝ごはんを食べてから行こう。ここは父さんの行きつけなんだ。ちょうど窓から船乗り場も見えるだろ?」

連れてこられたのは一面ガラス張りの大きな喫茶店だった。

おしゃれな扉を開け、窓際の席に座る。父さんは気を利かせてか、いちごのパフェを注文しようとしたが今の私には甘ったるいものは毒だ。気分が悪くなること間違いない。

私は目玉焼きトーストを父はコーヒーを注文した。

「綺麗な場所だろ?」

父はこの大きな窓から海を見ながら私に話しかける。

「そうでもないかな」

私は空を見ながら答える。

はっと何かを思い出したような顔をしたし父は「そうだ渡すものがあった」そう言って少し古臭い皮の小さなバックを手渡してきた。

バックを開けるとそこにはレトロなカメラがあった。

「なにこれカメラ?」

「それはお前の母さんのだ。使い方はばあちゃんに聞くといい。だがこれだけは覚えとけ、このカメラは絶対にお前の人生を良くも悪くも大きく変える」

「なにそれ怖いよ。それに母さんのでしょ?受け取れないよ」

「もうお前のだ」

「それじゃあ…」

私の言葉を遮るように喫茶店の店員さんが料理を運んできた。

私は窓から空を見上げた。

空は…真っ白なキャンバスにグレー色の絵の具をぶちまけたようだった。

空、本来の青色や太陽の光は一切感じさせない。

それはまるで今の私の心境、これからの心境を表しているようだった。

「雨が降りそうだね」

ボォーン

船が港に来たことを知らせる低い音が鳴り響いた。

「出発までまだ余裕がある。ゆっくり朝食を食べよう」

「うん…」

それから父さんはたびたび話かけてくれたが私は一言も発することはなかった。ただ首を縦横に振るだけ。でも父さんは間を開けることなく私に話しかけてくれた。

でもいつかは別れの時がくる。

一日中喫茶店の中にいた。時計の針は午後5時を指している。

お会計を済ませ、来た時よりも重く感じるおしゃれな扉を開ける。

父さんが車から荷物を取り出し手渡して来た。

「頑張れよ。父さんは応援してるから。あっちの爺じと婆ばに迷惑かけちゃダメだぞ」

「わかってる。ねえ父さん私死なないよね」

「………死にやしないさ。力のことは今は深く考えるな。爺じと婆ばに会ってからいろいろ聞きな」

「わかった。行ってきます」

「行ってらっしゃい」

私はナギっちから貰ったヘアゴムを髪に巻き父さんに背を向け船へと歩き出した。

自由席のためできるだけ窓に近い席に座る。一人で座るには少し大きい席だが荷物を置くと考えたら狭い方だ。

ブォーン

船の出発の合図が鳴る。

窓から外を見るとたった一人で父さんが手を振っていた。

恥ずかしさからか照れからか私は父から目を逸らした。

父は「頑張れよ」と私に言った。

大人はいつだって子供に「頑張れ」と言う。だがただ「頑張れ」と言うだけでなんのヒントもくれない。私にとってその答えを導き出すのは授業中、数学の先生が言っていること並みに難しくちんぷんかんぷんだ…

「その答えを見つけたら私も一歩大人になれるかな」

我ながら恥ずかしいことを言っている。

「ふっ」私は一人虚しく笑った

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