第3話 知る人
「ただいまー」いつもは言わない言葉が口から出る。
父からの返事はない。私はリビングまで足を進める。
リビングへのドアを開いたら奥に居た父と目があった。
「今日は早帰りなんだね」
「会社は早退してきた」
「え、なんで?体調でも悪いの?」
「いや、ちょっとな」
「まぁいいやねえ父さん聞いてよ。今日変な体験したんだよ!」
今日起きたことを全て父さんに話した。
駅のホームにテストは捨ててしまったので証拠はないがなぜか父は信じてくれた。
「お前もか…なぁ梓…落ち着いて聞いてくれ。最後まで」
「うん…」
「お前はよく母さんに似てるって言われるよな。顔も性格も。父さんもそう思う。梓は明らかに母さん似だ」
「母さんのことはよくわからないよ。よく覚えてないもん…」
「お前は母さんに似すぎた。今起きてることは現実だ。いいか?お前は同じ日を2度過ごした」
「え?どゆこと?意味わかんないよ同じ日を2度?そりゃ不思議な体験はしたけど父さんまで私を騙そうとするの?」
「お前には時を戻す力がある。。。母さんにあったように」
「父さん働き過ぎなんじゃない?冗談はやめてよ」
「冗談じゃない。梓、昨日…いや今日過去に戻りたい。あの日に戻りたいと思ったか?」
「えっと…どゆこと?」
「すまない父さんも焦っててうまく言葉が見つからないんだ」
「思ったよ…テストで良い点取って嬉しかったからあの時に戻りたいって思った…」
「やっぱりな嫌な予感がしたんだ。だから会社を早退して帰ってきた。なんでお前まで…なんででお前まで!」
父さんは焦っていた。顔は汗でびっしょりだったし私も気がつかなかったがいつの間にか私の肩を父さんは強く握っていた。その顔はいつもより怖い顔していて私の目を睨むように覗き込んでいた。「なんでお前まで…」父さんは怒鳴るようにそう言ったその様子から「嘘」ではない。私はそう確信した。
「私には力があるの?」
「母さんと同じ。過去に戻れる不思議な力。信じられないだろ?父さんも最初はそうだった」
沈黙の時間が少し続いた。体感5分ほどだったが実際は1分も経っていないと思う。
「おばあちゃんを覚えているか?田舎の方に住んでる。おばあちゃんならその力の事をよく知ってる。話は俺からつけとく夏休みの間おばあちゃんの家に居るといい急で悪いが梓、お前のためだ」
「おばあちゃんってお母さんの?…」
高まる鼓動は少しずつ収まりつつあった。
自分には不思議な力がある。今までアニメのようなかっこいい不思議な力を手に入れたらどれだけ楽しいかと思ったことは何度もあるが実際自分にそんな力があるとわかると怖かった。恐怖で目の前が歪む。気がついたら父の胸の中で泣いていた。父はそっと抱きしめてくれた。
「大丈夫。怖がることはない。不安だと思うでも父さんはどうしても仕事が忙しいくて一緒に行ってやることは出来ない…あっちまでの電車は1人で乗ってもらう…すまない。行けるか?」
正直1人で行けるとは言いたくなかった。父に甘えたかった。でも父に迷惑はかけたくない一心で私は
「わかった、1人で行く」泣いたばかりの掠れた声で答えた。
「ありがとう今は怖いかも知れないがおばあちゃんの家に着いたら大丈夫。あっちの婆ちゃんや爺ちゃんならなんでも知ってる」
「爺じと婆ば私が行って喜んでくれるかな?」
「最後に会ったのは随分前だからね。絶対喜んでくれるよ。いつ行きたい?電車やバスのチケットを取らなきゃいけない」
「明日には出発したい…」
「明日は流石にきついかな。早く行きたいのはわかるが最低でも明後日のだな…」
「いつでもいいけど出来るだけ早く行きたい」
「承知した」
父さんはそう言うと私に即興で作った下手くそな笑顔を見せキッチンへ向かった。
「お腹減ったろ?なんか作ってあげるからそれまで寝てていいぞ」
キッチンから父さんが言う。私は自分の部屋に戻りベッドの上に腰かけた。
枕のホコリを手で払い横たわる目を閉じ考えごとをする。
父さんは「なんでお前まで!」と声を荒げて言っていた。あんな必死な父さんは見たことがなかったので少し怖いと感じた。
なにか…過去にあったのかな…
過去。今の私にとっては最も恐ろしい存在。
得体の知れたい恐怖が私を襲う。布団に包まり震える。
お父さんとお母さんの過去になにがあったのか…今は私にはわからなかった。
白い霧に包まれた空間。ここは夏ではないかのような肌寒さを感じる。これは夢だ。でもこの夢から覚める時は決まって母が遠くからやって来てこう言う
「梓!迎えに来たよ」
はっと目を覚ます。どうやら布団に包まりながら寝てしまっていたようだ。
「お母さん…私怖いよ…お母さんはどうやってこの恐怖を乗り越えたの…」
心の声が音になって自分の口から外に出た。そして私はまた枕に顔を沈め静かに泣いた。
その後のことはよく覚えている。
父さんに呼ばれリビングに戻る父さんは私と自分のために昼ご飯を作ってくれた。でもその作った料理はカップ麺だった。
「父さんカップ麺作るのにどんだけ時間使ったの…はは」
「普段はコンビニ弁当だから。それにただのカップ麺じゃなないぞ!ほらよく見ろ目玉焼きをのせてみた」
目玉焼きは真っ黒に焦げていた。
でも父さんの料理は美味しかったし何処と無く暖かかった。「お湯が入ってるから!」とかそんなことじゃ無いただ心が温まったのを感じた。
そして私は怖いと言う感情を忘れ父さんとの会話を楽しんだ。
「おっといけねもうこんな時間…」
私はこのボロボロになったノートを閉じ手で持って寝室からリビングへのドアを開けた。
「続きが気になるがその前にお腹を満たさなきゃな〜」
私はボロボロになったノートを机に置きキッチンへ向かう。
「あの日の料理の味、未だにまだ覚えてるよ…父さん」
コンロの下の収納スペースに入ったカップ麺を取り出す。冷蔵庫から冷えた卵を1つフライパンの上へ落とす。
「私は父さんとは違って真っ黒に焦がさないよ」
いい感じに焦げ目がついた目玉焼きをカップ麺に乗せリビングへ持っていく。
「いただきます」
懐かしい料理を食べながら私はまたボロボロになったノートに手を伸ばしページをめくった。
父さんが作ってくれた料理を食べ終わった私は泣き疲れたからかお腹がいっぱいになったからかすぐに寝てしまった。
その日はソファーで寝たまま1日を過ごした。朝になって父が会社に行く前に私を起こして「夜行バスのチケット取れたよ。明日の夜には家を出る。今日中に支度しとけよ。それじゃあ父さんは仕事行ってくるから。なんかあったら電話しなさい」そう言って家を出た。
ガチャン
ドアが閉まる音を確認してから私はソファーから体を起こした。自分の部屋にあるスマホを取りナギっちに電話をかけた。
でも流石に朝早すぎたせいかナギっちは電話に出なかった。
ただ電話に出なかった…普通のことだ。でも今の私にはどんなことでも不安のタネとなっていく。
人間はバカだ。単純な悩みをただの思い込みで自ら深い闇へと落ちていく。
私の場合もそうだお婆ちゃんの家に行くまで待つ。ただ時間に身を任せればいいそんな単純なことだが親友が電話に出ないただただそれだけのことだけで涙が出てくるほど不安になる。
静まり返る家、時計の秒針が動く音がよく聞こえる、キッチンからは水滴がシンクに落ちる音が響いた。
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