第52話 酒
クロミナについていくようになってから、数日が経っていた。正直、クロミナがどこに向かっているのかまるでわからなかったが、俺とサヨは特に文句も言わずにクロミナについていった。
正直、クロミナがどこに行こうとしているのかも気になったし、何処へ連れて行かれるのか、少し期待してしまっていたのだ。最も、それは俺だけの可能性もあるのだが。
しかし、その道路の途中でまた何か見慣れない建物を見つけた。
「ん? ……あれ、なんだろう?」
思わず俺は立ち止まってしまった。サヨも同時に立ち止まる。
「どうかしましたか?」
クロミナもこちらに振り返った。
「あ、いや……なんか気になる場所があったから」
クロミナは相変わらずの無表情でこちらに近づいてくる。
「気になる場所というと、立ち止まる必要がある場所ですか?」
「え? あ、いや、そういうわけでも――」
「ああ、そうだ。私も気になっていた」
と、珍しくサヨもそう言っていた。というか、明らかにクロミナの道中を邪魔したいだけのような気もするが。
「そうですか。お二人がそういうのならば、立ち寄りましょう」
「え? いいの?」
意外だった。クロミナはてっきり、一刻も早く目的地に着きたいのだと思っていたが、そうではないらしい。
「ええ。さぁ、行きましょう」
クロミナも許可してくれたので、俺は気になった建物に近づいていった。
そこはかろうじて建物として形が残っているような廃墟だった。天井や壁が崩れてしまっていて、建物の中が見えている。
「で、何が気になったんだ?」
「えっと……あぁ。これか」
建物中に入っていくと、俺が気になったものの正体が判明した。建物中に何か光るものを見つけたと思ったのだが……それは、どうやら、ビンのようだった。
しかも、何本のビンが建物の中に置いてある。それらのビンがカウンター式の机の上に置かれているのである。
「……あぁ。ここは酒場か」
「酒場……お酒を飲む場所?」
俺がサヨに訊ねるとサヨは小さくうなずく。
「あぁ。私も聞いたことがあるくらいだったが……人間はここで酒を飲んでいたらしい。となると、このビンの中に入っているのは酒だな」
「へぇ……サヨはお酒、飲んだことあるの?」
「はぁ? お前……私達みたいな人造人間は味覚や嗅覚があるし、物を食ったり、飲んだりすることもできるが……それは不必要な行為だ。飲んだことない」
サヨはそう言うが、目の前にあるビンは、天井からの月光を浴びて美しい。
「……飲んでみるか」
「お前……別に構わないが……大丈夫か?」
サヨは反対気味だったが、俺はビンの蓋を開けることにした。少々時間経過のために蓋は固くなっていたが、開けることが出来た。
「……かなり臭いね」
「そりゃあそうだろ。それこそ百年以上熟成されているはずだからな」
サヨのいう「熟成された」独特の匂いに思わず俺はそう言ってしまった。
「開けたんだ。飲むんだぞ」
サヨにそう言われ、俺はビンに口をつけ、少しだけ飲むことにした。
口に入った瞬間、ジワッとした感覚が走る。そして、苦味と旨味がやってきた。それを俺はそのまま喉に流し込んだ。
「うっ……お酒って、こういう味なんだ」
俺の表情を見て、なぜかサヨは少し面白そうだった。
「ふふっ……そうか。お前は酒、ダメそうだな」
「……サヨは?」
「私は……大丈夫かもしれない。ちょっと飲んでみよう」
先程までは完全に反対していたのに、サヨはビンを受け取ると、そのまま中身を口の中に流し込む。
「……ぷはっ! なるほど……私は好きな味だな」
「へぇ……サヨはお酒好きなんだ」
「まぁ、初めて飲んだだけだからわからないがな……おい!」
と、俺とサヨのやり取りを少し離れて見ていたクロミナに、サヨが声をかける。
「はい。なんでしょう?」
「お前も少し飲んでみたらどうだ?」
「いえ。私は必要性を感じませんので」
「……ほぉ。なるほど。お前は私やナオヤみたいに酒を飲む機能が備わってないんだな」
サヨは挑発するようにそう言う。機能っていうか……俺は人間だから飲めるのは当たり前なんだが……
すると、クロミナは一瞬嫌そうな顔をした後で、俺達の方に近づいてきた。
「わかりました。飲めます」
クロミナははっきりとそう言うと、サヨからビンを受け取る。すると、その残りを一気に口の中に流し込んでしまった。
「あ……大丈夫……?」
俺がそう聞いてもクロミナは固まったままだった。しかし、クロミナはいきなりそのまま……後ろ向きにぶっ倒れてしまった。
「え……えぇ!?」
「お、おい、大丈夫か?」
クロミナはまるで動かない。心なしか頬が赤いように見える。
「これって……酔っ払ってる?」
俺とサヨは思わず顔を見合わせる。
「……もしかして、コイツ……『酔っ払う機能』が付いているのか?」
俺とサヨが驚いている前で、クロミナはそのまま目をつぶってしまった。どうやら……寝てしまったようだった。
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