初めての自殺

 俺はまた死体の処理をした。

 インベントリに入った死体を今度は躊躇なく解体して処分した。

 全部で8人。8000ポイントだ。剣は一本だけ残しておいた。


 俺は外に出るとダンジョンへ向かう。

 新緑が世界を緑色に染めその匂いをせいいっぱい拡散している。

 

 苦悩で死んだ例はない、なんて誰かが言っていた気がする。

 原因であれ、直接的ではない。

 ナイフを突き刺す、電車に飛び込む、首をくくる。

 

 俺はダンジョンを選ぶ。


 ポイントを使えるだけ使ってダンジョンの魔物を強化した。スケルトンナイトはボスではなくいくらでも湧く様になり、代わりにボスはイエロードラゴンになった。ドラゴンの中では最下級だ。


 だが冒険者でもない、武道の経験もない俺はオークにすら勝てるはずはない。一方的にやられて死ぬだけだ。


 死ぬだけだ。


 あれだけ痛みを恐れていたのに、今はそれが恋しい。


 俺はダンジョンの前についた。洞窟の入り口に続く獣道。かすかに動物の匂い。

 俺は手ぶらだ。

 もしも恐怖で逃げてしまったら、家で死ぬために剣を残しておいた。


 手が震える。まだ肌寒いのに汗が流れる。血の気が引く。

 怖い。

 恐怖を感じているうちは絶望していない。

 俺は絶望しているから死ぬのではない。

 簡単なことだ。


 罪悪感と葛藤だ。


 一歩前に足を踏み出す。獣の匂いが色濃くなる。

 スマホのライトを付けて、俺はダンジョンに踏み込んだ。


 入り口は洞窟のようだったが、中は石造りになっている。苔むしている。苔が光を放っていて、明るい。スマホのライトを消して先に進む。


 ダンジョンの角を曲がるとオークが現れた。武器は持っていないがその筋肉は俺の胴ほどの太さがある。巨体はずんずんと足音を立てて俺の前に立った。


 でかい。


 3メートルに届くのではないか。凄まじい獣の匂い。へその周りに汚らしい毛が生えている。それは胸毛までつながっていて、血の跡だろうか、茶色い汚れがついている。

 二本の牙は頬に突き刺さりそうなほど湾曲している。その上にある2つの目が俺をにらみつける。


 ああ、俺はこいつに殺されるんだ。

 あの腕で殴られたら頭蓋骨は陶器のように簡単に割れるだろう。


 俺は目をつぶった。

 早く殺してくれ。

 早く。

 ……。

 

 俺は目を開けた。

 オークは目の前から消えていた……わけではない。

 跪いている。

 この俺に。


 混乱する。

 これは……俺がこのダンジョンの持ち主だからか?

 そうだ、そうに違いない。


 計画が狂ってしまった。

 俺はダンジョンを後にした。


 俺は家に戻るとインベントリから剣を取り出した。長い剣は重く、切れ味が悪い。どう考えたって自殺には向かない物体だ。

 なんでこんなものを残しておいたのか。アホらしい。

 部屋の中に入って包丁を取り出した。

 コンビニ飯を続けてきたと言っても、新入社員だった当初、この家に引っ越してきた当初は料理だってしていた。


 4畳半の部屋にいく。


 ここが俺の死に場所だ。

 手首を切って湯船に浸すなんて真似はしない。

 苦痛を伴わなければならない。

 罪の清算にならない。


 逃げるだけだろ。


 そんな声が聞こえた気がした。

 俺は気にもとめず、首元に刃を当てた。血が垂れる。垂れた血は首筋を伝って、鎖骨を通り、服に沁みる。痛みが俺を現実に引き戻す。

 恐怖がむくむくと心のなかで広がっていく。

 一気に引くんだ。

 きっと想像を絶する痛みだ。

 包丁を握る手に力が入る。

 

 引け!

 切れ!

 切れ!

 切れ!


 力を入れる。


 そのとき……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る