第53話 誰のお弁当を食べる? 誰ものお弁当を食べる!

 翌朝。


 昨日と同様に翠が朝食を用意しており、お弁当も用意されていた。


 昨日はお母さんも俺が何かしたとか言っていたが、二日目になると何も言ってこなかった。


 まあ、何か言われたところで困るだけだが。


 そして翠のお弁当を鞄に突っ込み、もはや習慣化した翠と一緒の登校をしている最中の事だ。


「皆野さーん、翠ちゃーん」


 後方から、大きな鼻詰まりの声が聞こえて振り向くと、マスクをした春野がパタパタと手を振って駆け寄ってきた。


 どうやら熱は引いたのだろう。昨日と比べて顔色は良さそうだ。


「昨日はありがとうございましたっす。差し入れいただいたもの飲んで、一晩寝たら熱もすっかり引いたっす。お二人の心の詰まったお見舞いのおかげっす」


 春野がぺこりと頭を下げるのを見て、なんだか気恥ずかしくなる。


 これといってなにかをしたというつもりじゃなかっただけに、余計に。


「いいのよ、私なんてなにもしてないわ。桃が治ったのならそれが一番! ね、お兄」


「そうだな」


 翠は桃が回復したことを喜んで自分はなにもしてないと謙遜し、俺に同意を求める。


 俺は翠に同意し、首を縦に振った。


「ふふふー、二人とも優しいっすね。感謝感激っす。良かったらお礼をさせて欲しいっす。私のママ……じゃなかった、お母さんが二人の分のお弁当作ってくれたのでよかったらお昼ご一緒にどうですか?」


 おおう。春野さん、お弁当ですか。


 本日も翠は俺のお弁当を作ってくれている。昨日は真白のお弁当を食べたが、翠に内緒にしてたんだよな。


 これはもらってもいいのか? ちらりと翠を横目に見た。


「いいね、食べよ食べよ! お兄食べれるよね?」


 あれ? なんだろう。翠から若干の威圧感を感じる。


 お前食えるよなあ? と言われている気分だ。


 多分、翠は春野の気持ちをたてたいのだろう。その上で、自分のお弁当も食べて欲しいのだと思う。


 まあ、なんというかいじらしくは思う。それに、別にお弁当ももう一個増えるくらいなら特に問題はない。


「ああ、大丈夫だ」


 俺の返事を聞くと、翠も春野も嬉しそうに笑ってキャーキャー手を取り合って笑いあった。


 女子高生、眩しいぜ。


「なあ親友。目線がスケベなんだけどこういう時はそっと耳打ちしたほうがいいか?」


「どわああああ!?」


 俺が翠と春野を大変微笑ましく見ていると、突然背後からぼそりと呟かれて思わずのけぞり情けない声をあげた。


 振り向くと、俺の親友の魅墨がジト目で俺を見つめ、春野が魅墨の後ろでキョトンとしていた。


「魅墨、どうしたんですか突然。あ、みんなおはようございます」


 真白は魅墨のあとをついてきていたのか魅墨が俺に何を言ったかは聞こえていないらしい。魅墨に何を言ったのか聞きつつ、挨拶を交わした。


 まあつまりは俺の翠と春野を見る微笑ましい目線を真白に見られたわけではないのだろう。危ない危ない。あ、いや、微笑ましい目線だから大丈夫であると言わざるを得ないという雰囲気を感じていると思う。


 最後らへん、ちょっぴり自信がなくなった。


「いや、少し釘をさしただけさ」


 魅墨が肩をすくめて言うと、真白は何を言ってるのか分からないと言いたげに首をかしげた。


「魅墨はよくわからないこと言いますね。おっと、そんな事より蒼に……蒼司さん」


 真白は俺をいつもの呼び方で呼びかけて、春野がいるから言い方を余所行きに帰る。


 危ない危ない。


「なんだ?」


「今日もお昼食べません? その、今日もお弁当を作ってきたので」


「え!? 真白も!?」


 真白に聞き返すと、真白はおずおずと今日の昼食を提案した。お弁当を作ってきたことも添えて。


 その時に言った、今日もという言葉を耳ざとく聞いていた翠が、大きな声を出して俺と真白を交互に見た。


「え? 翠どうしたんですか?」


「どうしたもこうしたもないの! 今日は私のお弁当も桃のお弁当もあるのに! こんな被っちゃうなんて!」


「え、春野さんのお弁当もあるのですか?」


 翠はちょっと困ったように頭を抱えて、真白も困ったように俺をちらりと見る。


 真白を見ると昨日と同じ巾着を手に持っており、俺に渡そうとしていたのかもしれないが、おずおずと背中に回した。


「い、いや、全員のお弁当食べるよ。俺、食べ盛りだし」


「「「ほんと(っすか)!?」」」


 俺が全員分食べるというと、魅墨を除く三人の声がハモり思わず俺はたじろいだ。


 え、そんなに食べて欲しいの?


「……私も作ればよかった」


 ほんのちょっぴり引き気味の俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で一人蚊帳の外の魅墨が、ちょっぴり口を尖らせて悔しそうに呟いていた。


 魅墨よ、むしろ作ってなくてよかったよ。



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