第52話 翠が兄に想うこと

 その日の夜のこと。


 俺の部屋には俺のパソコンで動画を見ながらくつろぐ翠と、いまだこの状況になれていない俺がいた。


 来るって言ってたけども。ご飯食べてた時もそんな素振りなかったじゃない。


 俺がお風呂に入って上がったと思えば、翠はもうすでに俺の部屋にいて俺のパソコンを立ち上げていた。


 いつ俺のパソコンのパスワード知ったんですかねえ。がばがばすぎんかね?


 クーラーも効いていないはずが、ほんのり背筋に寒さを感じた。


 オーケー、大丈夫。入られたのは仕方ないとして、お気に入りの動画サイトは見られていないはずだ。


「ねえ、お兄」


「は、はい?」


 不意に翠に声をかけられて声が上擦る。


 やばい、ばれたか? お気に入りとか履歴とか見られた? しまった、履歴は常に消せとクラスの山田君が言っていたのに。


 ああ、山田君、一人でいたしていたの時にノックもせずに入ってきたお姉ちゃんに見られた山田君。妹に履歴全部見られて妹系見ているのがばれた山田君。俺もそっちの方に行くかもしれない。


「お兄はさ、私が気分が悪くなって学校で吐いちゃって覚えてる?」


「ああ、確かそんなこともあったな」


 翠に懐かしい話をされて、俺は懐かしむように思い出す。


 懐かしむといってもあの時は大変だった。確か翠が小学校三年、俺が四年の時の事だ。


 給食室で一年生から六年生までで皆で給食室で食べるような学校だったんだが、翠が気分が悪くなって吐いちゃったんだよな。


「あの時さ、みんな気持ち悪いとか非難轟々でさ。そりゃみんなの気持ちもわかるんだけど、あの時は私もしんどかったし、恥ずかしいし、悲しいしでめっちゃくちゃになってたんだよね」


「まあ確かにそうなるよな」


「でもさ、お兄だけは、タオル持ってきて私が吐いちゃったの掃除してくれたよね。それで、先生呼ぶように他の人呼んだりしてさ。保健室にも付き添ってくれたし、私がいじめられないように私の友達とかにも私がしんどかったみたいだからごめんねって謝ってくれたりさ」


 なんだ、翠はすごくむず痒くなる事を言ってくるなあ。急にどうしたんだ?


 ほんのちょっぴり気恥ずかしさでほほを掻いていると、俺の気持ちを察したのか翠がほほ笑んだ。


「ふふ、今日の桃見てたら思い出しちゃったんだ。桃は荒れてたことがあったんでしょ? でもお兄が改心させてそれが今でもどんな時も桃の為になにかしてあげている。お兄のそういうところって昔から、今まで。私だけじゃなくて桃にも、誰にでも向けているんだなって思ったら誇らしくて」


「翠、どうした? 今俺の手持ちは七千円くらいあるがお小遣いほしいのか?」


 今、俺の頬はチークも必要のない程赤く染まっているだろう。


 俺は自分の気恥ずかしさをごまかすべく、翠にお小遣いを渡すそぶりを見せた。


 本当は渡さないですけどね!


「お小遣いはいいかな。いや、そのさ、お兄の優しさにあぐらかいてちゃいけないなと思ってさ。私は自分の行いをほんと反省した訳ですよ。ちょっとずーつ、変わろうと思ってるんだけどね」


「あー、確かに変わってきてるよな。毎日驚きが隠せない」


「ふっふっふ。これからはこんな驚きじゃ収まらないから覚悟しておくことね!」


 え、今でも存分に驚いているのに、まだ驚くことになるの?


 予想だにしていない翠の宣言に、さっそく俺は驚くことになった。

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