第47話 聞こえない独り言

 黄島先生の話を終えた俺は、職員室を終えて玄関へと向かうと、翠が俺の下駄箱のそばにもたれていた。


 まさか、待ってたのか?


 恐る恐る近づくと、俺に気付いたのか翠は右手をひょいと挙げた。


「よ。お兄、お疲れ様」


「ああ、お疲れ様。待ってたのか?」


「まあね。どうせお兄の事だから桃のお見舞い行くと思ってさ。購買でスポドリとかのど飴とか買って待ってた」


 翠は袋を俺に見せつけるように前に掲げた。


 スポーツドリンクに、のど飴、あと袋の形状的にエナジードリンクの缶と栄養ドリンクの瓶が数本あるな。どんだけ栄養つけさせたいんだ。


 あまりにも偏ったその袋に苦笑いを浮かべつつ、春野の事が心配でたまらないんだろうなあとその翠の心中を察する。


「そっかそっか。春野も喜ぶだろうし行くか。あ、持つよ」


 俺は下駄箱からスニーカーを取り出して履くと、翠からお見舞いの袋を受け取って校門に向けて歩き始めた。


 翠は俺の横を歩きながら、少しにやけたような笑みを浮かべていた。


「なあにー? お兄、ちょっと彼氏力あるじゃん」


「なんだ、彼氏力って。聞いた事ないわ。彼女いた事なくてもそんな力あるのか? 自分で言っててちょっと悲しいんですけど」


 翠曰く、俺には彼氏力があるらしい。


 彼女がいなくてもそんか力あるんだね、びっくりだよ。だったら彼女くださいってんだ。なんでもするぞ、ぐぎぎぎぎ。


「そうだねえ、甲斐性があるっていうか、頼り甲斐があるっていうか……」


「頼り甲斐……ねえ。自分ではそうは思わないけど。あ、翠よそ見すんな。チャリ来てるぞ。こっち来い、俺がそっち側歩くから」


 翠は彼氏力を語り、俺は自分では納得できずに考え込む。


 頼り甲斐がないようなと思っていると、自転車が背後から走って来たので、翠を歩道側に寄せて歩いている場所をチェンジした。


 しかし、どこを見て翠は俺に頼り甲斐を見出したのだか。


「……お兄、もしかしてわざとしてる?」


「わざと? なにが?」


「自覚なしかな? ……意識しすぎたかな。……今まで以上に意識するようになっちゃったからかなあ」


「え? ごめん、翠なんて言ったの?」


「独り言。気にしないで」


「あ、はい」


 翠がなにやら言ったように感じたが、気にしないように言われたので素直に黙る。


 気にしないでと言われたら、気にするわけにもいくまい。


 会話も止まり、春野宅への道を歩く俺と翠。


 いつもと違う通学路は少しだけ新鮮で、あまり話したことのないクラスメイトが前の方を歩いているのが見えたので、こっち方向だったんだとはじめて知った。


 歩き始めて、ようやく春野の家が見えてきた。


「よし、春野の家が見えて来たぞ」


「え、もう?」


「もう、って結構歩いたぞ?」


 俺が春野の家を指差すと、翠は驚いた声を上げて俺を見た。


 翠的にはあっという間だったらしい。だいぶ歩いてたと思うんだがなあ。


 若さ故に体力あるのかな?


「……歩き足りない」


「なんか言った?」


「うっさい、独り言」


 どうやら今日の翠はちょっとだけ手厳しい。


 さっきと同じように独り言だからと言われたので、俺はしゅん。となりながら黙った。


 ただ聞き返しただけなのに……。

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