第48話 春野母とはじめまして

 春野の家は、黒い屋根とベージュの外壁の普通の一軒家だ。


 家の前には黒いア○ファードと、黒いス○ィングレーが止まっており、ナンバープレートはどちらも88。偏見だが、イケイケなご両親かもしれない。


 春野を迎えに来たことはあるがご両親に会ったことはないんだよなあ。


 ス○ィングレーはダッシュボードにピンクのファーが乗っており、芳香剤が三つほど置かれていた。そして座席にはマイメ○ディのクッション。


 アルファードは比較的落ち着いているが、助手席の方が内装がピンクピンクしていた。


 ……お母様の趣味かな?


「なんというか、個性的だね」


「そうだな。車は趣味が出るっていうし」


 翠は車を横目にぽそりと呟き、俺はそれに頷いた。


「私は趣味じゃないけど、ああやって自分らしさを出すっていいな。カッコいい」


 翠はどこか憧れているように二台の車を見ていた。


 翠も服装とかメイクとか自己表現をするのが好きなタイプだから通ずるものがあるのだろう。


 校則で決められている以上は守った方がいいけど、制限がなくなったら自分らしさを出すのも悪くないとは思う。


「って、あまりジロジロ見てたらダメだよね、入ろ」


 翠は車から視線を外し、慌てて玄関前まで歩いた。


 俺もその後に続くと、カメラ付きのインターフォンを一度鳴らした。


 ピンポーンと小気味良い音が鳴って数秒後、プツッと通話が繋がった音が鳴った。


「はい〜? どちら様ですか〜?」


 春野の姉か妹だろうか? いるとは聞いたことはないけども、若々しい声がインターフォン越しに聞こえてきた。


「あ、すみません、俺、あ、僕は春野さんと同じ部活のものなのですが、お休みしている春野さんにお届け物がありまして。あと、お見舞いに」


 トーンを上げたよそ行きの声でインターフォン越しに話しかけると、翠は俺の声を聞いて笑いを堪えていた。


 失礼な。


「あら〜? それはそれはご丁寧に〜。よかったら上がってくださいな〜。待っててね〜」


 緩やかに間延びした声がぷつりと切れたかと思うと、玄関の鍵が開いた音が聞こえて扉が開いた。


 扉の先から春野にそっくりな顔をした、金髪のロングヘアを編み下ろしにした小柄な女性が立っていた。


 淡い緑色のワンピースに身を包み、少しあどけなさの残っているその顔は妹さんだろうか。


「いらっしゃいませ〜。桃ちゃんのお友達ね〜。娘がいつも、お世話になってるね〜」


「あ、いえいえこちらこそ……」


 wats? この人なんて言った? 春野の事を娘とか言ったか?


 俺は自分の目を疑って、春野母を見て、俺の聞き間違えではないか翠を見やると、翠も信じられない物を見るような目で春野母を見ていた。


「うふふ〜。娘のお見舞いに来てくれてありがとうね、じゃ、部屋まで案内しますね〜。スリッパに履き替えてついてきて〜」


 俺達は呆気に取られながらも春野母に促されるまま玄関で靴を脱ぐと、差し出されたマイメロディのスリッパに足を入れた。


 ……お母様の趣味でしたか。


「こっちです〜」


「あ、はい」


 春野母に案内され、RPGのようにその後ろを付いて行く。


 春野母は百五十センチもないんじゃないのかという低さで、俺の顎がその頭に乗りそうだ。


 お洒落な編みおろしの髪型も、この人がしてると幼女感を感じる。


「もしかして、皆野くん〜?」


「え? あ、はい?」


 心を読まれた? 


 失礼な妄想をしてるのがバレたのか不意に名前を呼ばれて変な声で返事をしてしまう。


 なんで春野母は俺を知ってるんだ? 会ったことはないはずだけど。


「あ、やっぱり〜。桃ちゃんがね、よく話をしてるのよ〜。いつも皆野さんが、皆野さんがって〜。中学校の時は桃ちゃん荒れてて暗かったけど、今はすご〜く楽しそうに学校行ってるのよ〜。いつかお礼を言おうと思ってたの〜。ありがとうね〜」


「え、あ、いえいえ。そんな、俺なんて何もしてないですよ」


「ふふふ〜。子供は大人が褒めたら素直に受け取るものよ〜。そして、君が大人になったら、子供にしてあげなさい〜」


「あ、は、はい。その、ありがとうございます……」


 急に春野母が褒めちぎってくるもんだから、思わず赤面して大したことないと謙遜する。


 しかし、そこは流石は大人と言うべきか、言いくるめられてしまい、声がか細くなるくらい小さくお礼を言った。


「ふふふ、やるじゃんお兄」


 俺が褒められたのを見て、いじるチャンスと言わんばかりに、翠が俺の脇腹を小突いてボソリと呟き俺は恥ずかしさのあまり返事もせずにそっぽを向いた。


「あ、ここよ〜。私はお茶を入れてくるわね〜」


 《ももこ》とローマ字で書かれた木のネームプレートの部屋の前で、春野母は案内を終えてリビングへと戻っていった。


 さて、あいつは大丈夫だろうか。


 少しだけ心配な気持ちを込めて、ノックを三回鳴らした。

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