第43話 黄島先生からのお願い

【春野ー。どうしたんだー。遅刻かー?】


 というラインをショートホームルーム時に春野にこっそりと送って、現在昼休みの事だ。


 未読のまま四時間。一向に既読はつかない。


 俺はこの半日、上の空のまま先生の授業を受けていた。本当に大丈夫かよ、あいつ。


 俺がぼんやりとスマホの画面を覗いていると、俺の目の前に影が出来た。


 真白か? 礼か?


 俺はだるそうに顔を上げると、黄島先生がにっこりと笑って立っていた。


 この顔は、機嫌が悪い時の黄島先生だ。


「ふふふふふ。皆野、私の授業がつまらなかったでやがるでございますかね?」


 謎の敬語を使いながら、黄島先生の右手がポンと置かれる。


 しまった、さっきのは黄島先生の授業だった。かんっぜんにぼーっとしていた。


「い、いえ、黄島先生の授業はとても素晴らしい授業でございまする……」


「ほう、そうなのか。その割には、集中してなかったようだが?」


 黄島先生の謎の敬語がうつりながら弁解するが、黄島先生は笑顔を崩す事なく肩に置いた手にじわりと力を上げていた。


 やばい、このままだと本気で痛くなるやつ。


「き、黄島先生、慈悲をお願いします。必ずや、今回の考査では赤点をとりませんから」


「学生の本文は勉学なんだよなあ。赤点を取りませんじゃなくて、学年上位を狙いますとか言えないのか?」


「いや、そんな無理な事言われ……あたたたたた! ギブギブギブギブ」


 黄島先生への交渉が失敗し、俺の肩を思いっきり掴まれて、筋肉の内部が痛む。


 情けない声を上げて、黄島先生の手をタップし、黄島先生の力が緩んだ?


 おー、いてて。ゴリラじゃないか。


「全く。授業に支障をきたすなよ。私の授業でこんなんな、他の先生の授業も同じ態度だろ? 内申点に響くんだからたかが三年我慢しろ。まあ、春野が休みだから心配してんだろ? ほれ」


 見透かしたかのように俺の頭に軽くチョップした黄島先生は、俺に一枚のプリントを差し出した。


「え、なんですか?」


「春野は風邪らしい。どうせ、お見舞いに行くんだろ? これ、今日の私の授業で使用したプリントだ。テストに出す可能性が大いにあると一言添えて渡しといてくれ」


「わかりました。でも、そこまで言うならテストに出すって言っていいんじゃないですか?」


「いや、テストに出すと大っぴらに言うと私のテストの点数だけ平均点爆上がりするからな。こういうのは出すかもしれないってのが大事なんだよ」


「……そんなこと言って、俺含めて成績悪い人にそうやってフォローしてるの知ってますからね。先生としてはダメかもしれないけど個人的には黄島先生めっちゃ好きです」


「……皆野、お前は悪い男の才能があるぞ。悪い事は言わん、他の女生徒に同じ事すると後で大変な目に合うと思うから気をつけろよ。……と、助言しておく」


「悪い男って……。まあ、気をつけますよ」


 なんだか黄島先生に思い切りディスられたような気がするが、文句を飲み込んで気をつけるとだけ伝える。


 文句をつけたら黄島先生が、俺にテスト問題のフォローしてくれなくなっちゃう。


「おう。背後から刺されないように気を付けろよ。あ、そうそう。帰る前に職員室来てくれるか? 支援部の事でいろいろな話がある。昨日の事も含めてだ」


「あ、わかりました」


「ん、頼んだ」


 黄島先生は俺に起こり得ない忠告と、少しのお願いをすると教室から出て行った。


 黄島先生と話していたから、お昼休みが始まって十分が過ぎた。


 礼はもう別の人とお昼を食べているし、他の人もある程度グループ作ってお昼を食べていた。


 なんというか、ある程度のグループが出来るところに突っ込んでいく勇気のない俺は、鞄から弁当を取り出した。


 支援部のとこで食べるか。


 たまには静かに食べるのも悪くないだろう。


 俺は支援部に向かって立ち上がり、教室を後にした。


 俺が教室の引き戸を閉めると、すぐに俺の閉めた引き戸が開いた。


 やべ、後ろに誰かいたのか?


「悪い、気付かず閉めてしまった」


 俺は謝りながら振り返ると、真白が小さな巾着と大きな巾着を持って立っていた。


「い、いえ、大丈夫です。そ、それより蒼兄、お昼ご飯よかったら一緒に食べませんか?」


「真白もまだだったのか? いいぞ、支援部行くとこだが、来るか?」


「は、はい、是非」


 真白のお弁当を一緒に食べるという提案を承諾すると、真白は嬉しそうに顔を綻ばせた。

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