第42話 春の不在

 学校に到着した俺は、真白と魅墨と分かれて翠と服装指導の為に校門の前に立った。


 ワイワイと騒いではいたものの、着いたら背筋を伸ばして気を引き締める。


 疎らに生徒が登校して来るが、俺らくらいはやく登校してくる生徒は真面目な生徒が多く指導する事はほぼない。


「ふふ、朝は賑やかだったなあ」


「そうだな」


 始動する事がなくて気が抜けたのか、翠は朝の登校を思い出して笑い、俺はそれに同意する。


 確かにあれは賑やかだったな。特に魅墨が。賑やかというか、うるさいというか。


 最初の印象を思い出したらどう考えても別人だ。


 俺は双子説を提唱したくなる。魅墨は双子で頭のおかしな方とそうじゃない方がいるんだ、きっと。


 失礼な想像をしている俺とは対照的に、翠は爽やかな笑顔を浮かべていた。


「真白にお礼も言えたし、土方さんとお兄のやり取りですごく笑えたし。あー、おかしい。桃にも言わなきゃなあ」


「そんな事言ったらあいつ『羨ましいっす! なんで呼んでくれなかったんすか! あーんまりだー!』って言ってエ○ディシになるぞ」


「エ○ディシ?」


「な、なんでもない。とにかく羨ましがるなあって事」


 危ない危ない、オタク特有の漫画ネタわからない人に漫画ネタする行為をしてしまった。


 慌てて取り繕うと、翠は怪訝そうに首を傾げた。


「ふーん。あ、でもそういえば桃見ないね。もう登校したのかな?」


「確かになあ。最近は一緒に登校してなかったけど、あいついつもは早いのに」


 翠がハッと思い出して疑問を口にし、俺もちょっと考える。


 春野とは服装指導で一緒に登校していないので、登校時間がずれ込んでいるが、いつもであれば春野は到着している時間だ。


 到着している時間に来ないとなると、風邪でも引いたか、それとも昨日の事で怪我でもしてしまったのか。


 いつもの事ならたまの寝坊なんてあるだろうから心配はしないものの、昨日の今日なだけに少し不安な気持ちが頭を過ぎる。


「桃、風邪かなあ」


「……そうだな。多分、風邪」


 不安な気持ちを振り払うかのように、翠の意見に同意する。


 昨日はなんともなかった。怪我とかもなかった。大丈夫だ。


 翠への同意は自分へと言い聞かせるように言った。


「心配だし、桃が来ないようだったら帰りにお見舞いでも行く? その、昨日の事のお礼も出来てないし」


「そうだなあ。来なかったらそうするか。俺も手伝ってもらったからな」


「うん。……来るといいなあ」


 心配そうに呟く翠と、同じくらい心配している俺。


 はやく来てくれるといいんだけど。


 心配して気持ちがざわついているところに、うちの生徒達がぞろぞろと登校してきた。


 チラホラと服装の乱れに注意しつつ、キョロキョロと春野の姿を探してみる。


 しかし、春野の姿はない。


 皆野さん! おはよっす! という元気な声もなにもない。


 今日であれば魅墨ばりのタックルを喰らっても許すんだけどなあ。


 しかし、そんな俺の想いとは裏腹に、春野が姿を見せる事はなく、チャイムが鳴り響いて俺と翠は少し首を傾げたあと教室へと戻って行った。

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