第33話ご褒美が欲しいっす!

 俺と春野は職員室にて黄島先生に日堂を引き渡すと、黄島先生は一言、ん。と言って日堂を職員室の奥の方まで連れて行った。


 黄島先生は日堂を歩かせるように左手で背中を押しながら、空いている右手で親指をグッと立てた。


 褒められないなりの敢闘賞みたいなもんだろう。


「出るか」


「そっすね」


 しおらしい日堂の背中を見つめながら、春野に職員室から出ることを告げると、春野はそれに同意した。


 廊下に出ると、背中越しの職員室はやはりガヤガヤとしているが、廊下はやけに静かに感じた。


 ひと段落ってやつだろう。慌ただしい一日がほとんど終わっていく。


 俺にとってはあと一個。その一個が終われば今日が終わる。


「なあ、春野」


 俺は意を決して、春野に声をかけた。


「ん? どうしたっすか?」


「もう一個、頼まれてくれないか?」


「えー、まだなんかあるっすか? まあいいっすけど、貸しっすからね?」


「ちゃっかりしてんなあ。まあ、言われなくても今回の件で世話になったから俺にできる事はなんでもしてやるよ」


 少しだけ不満そうにしながら取引を持ちかける春野に、俺は苦笑いを浮かべて承諾する。


 すると、春野はきょとんとした顔のあとみるみる嬉しそうにだらしない笑みを浮かべた。


「え、なんでもっすか? なんでもっすよね? 二言はないっすからね? ふふふふー、楽しみっすねえ」


「おいおい、お手柔らかに頼むぞ?」


 だらしない笑顔極める春野に引きつつ、少し牽制を入れておく。


 こんな顔の奴の要求、どんな過激なものかわからんからなあ。


「嫌っす」


 しかしながら、俺の牽制はものの見事にかわされた。


 それはそれは良い笑顔を浮かべやがる春野に。


 まあ、いいか。今日のヒーローは間違いなく春野だ。多少の事くらいは頑張るか。


「しょうがねえなあ。その代わり、ちゃんとなんでもするから春野も今からの依頼頼むぞ?」


「もちろんっすよ! 皆野さんの頼みであればなんだってどーんっとこいっす!」


 やだこの子現金。


 ご褒美があるとわかった途端さっきの不満そうな顔はどこへやらだわ。


「じゃ、どんと頼ませてもらう。今日は真白の帰宅時に、無事に家まで届けて欲しい」


「はあ、そのことっすか? むしろするつもりでいたんすけど」


 春野に真白の帰宅のサポートを依頼すると、春野は少しきょとんとした顔をして、なにを当たり前の事を言ってるんだ? と言いたげに呆れたように言った。


 むしろするつもりだったならご褒美いらなかったんじゃ?


 疑問には浮かんだが口にはしない。


「それなら助かる。ちょっと翠にも今回の件についてはきちんと話しておこうと思うんだ。だから、先に真白送ってくれると嬉しいんだが」


「あ、了解したっす。部室行ったらそのまんま送る感じでいいっすかね?」


「ああ、そうだな。真白が落ち着いていれば今日は解散って形にして俺と翠はそのまま残る感じでいいか?」


「オッケーっす」


 春野は了承して首を縦に振ると、先程のだらしない笑顔とはまた違うにやにやとした笑みを浮かべた。


「ん? なんだ春野。にやにやして」


「いやー、皆野さんがお兄ちゃんしててつい。皆野さんがお兄ちゃんだったら超ブラコンだったろうなあと思ったっす」


「お前が妹ー? やだなあ、ボコボコにされそう」


「なっ! 心外っす! きっとあたしは『おにーちゃん♡』って言っちゃうくらいのブラコン妹っすよ?」


「きっしょ」


「言葉の暴力っす!」


 春野からのお兄ちゃんという言葉に、思わず悪態をついてしまう。


 なんかキュンとしてしまった気持ちを隠す為ではない。断じてない。ときめいてないんだからね。


「はいはい。ほら、馬鹿なこと言ってないで行くぞ」


 心の中はツンデレの俺は、傷つくそぶりを見せる春野を尻目に部室へと足を進めることにした。

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