第32話電話越しの覚悟

 黄島先生との話を終えた俺は、廊下に出てすぐに春野に電話をかける。


 すると、ワンコール鳴り止む前に春野に繋がった。


 どうやらずっと待っていたようだ。


「もしも……」


「遅いっす! 皆野さん、どうだったっすか?」


「ああ、日堂を黄島先生に引き渡すことになったよ。春野、悪いけど連れてくれないか?」


「了解っす!」


「あ、それと真白は支援部部室に行くように言っといてくれ。引き渡したあとフォローはしときたいからな」


「ああ、弱った女の子が惚れるやつっすね? 皆野さんも悪い男っすねえ。すぐ女の子惚れさせるんだから」


 HAHAHA、春野もジョークが上手くなったものだ。


 俺が女の子をすぐ惚れさせる事が出来るのであれば、今頃俺の青春は輝かしいものになってるはずだ。


 なのに灰色の青春な時点でお察しだろう。まったく、誰か俺に惚れて欲しいものだ。


 まあ、冗談には冗談でお返ししておこうかな。


「ははっ、そうだな。俺の毒牙にかかったものは一人や二人じゃないしな。春野もだもんな」


「み、皆野さん、何言ってんすか?」


 電話の向こうで春野の変な声が聞こえてきた。


 なにやらイマイチな反応。聞き返されるとは思わなかった。


 そこはもうちょっとノッてくれると思ったのになあ。


 そうっすね、皆野さんの毒牙に噛み込まれたっす! くらい言って欲しいもんだが、まあ状況的には日堂もそっちにいることだしあんまボケられないか。


「悪い、冗談だ」


「じ、冗談だったっすか! あー、びっくりしたっす。今世紀最大の驚きだったっす」


「そんなオーバーな。まあ、すまなかった。とりあえず日堂連れて来てくれー。頼んだぞー」


「はーい! ではお待ち下さいっす! ……ほら来い」


「ひいい、わかりました……」


 なにやら電話の最後の方でドスの効いた金髪の鬼の声と、すっかり牙をもがれた日堂の情けない声が聞こえた気がする。


 俺が黄島先生と話してる間ずっと日堂の視界に春野がいたんだろう。


 待機時間の間になにしてたのか気になるなあ。


 おそらく春野が来るまでは五分くらいだろう。なにをしてたのか想像するのも悪くない。と、俺が考えようとしたその時、切ったばかりのスマホが震え出した。


 ディスプレイに表示されたのは、翠。


 あ、待たせすぎたな。


 俺は通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。


「もしも……」


「遅い! お兄、どうしたの!?」


 耳をつんざくような声に思わず耳に当てたスマホを十センチ程離した。


 少しだけ耳鳴りがする。まあ、待ってろって言ってからずいぶん時間経ってるしなんも連絡してなかったから無理もない。


「すまんな。いろいろありすぎて、連絡が遅くなった」


「……いろいろって? お兄はどこにいるの? 真白は?」


 翠の声音はどこか緊張してるような、不安なような声音で矢継ぎ早に質問を繰り出す。


「いろいろの内容についてはもう少ししたらそっちに戻るし話すよ。今俺は職員室んとこにいる。真白は無事だぞ」


「……良かった、無事なのね」


 電話越しなのに、翠の緊張感が解けたのがわかる。


 真白が無事とわかってホッとしたのだろう。心底安心したかのように息を吐いたのがわかった。


「ああ。安心しろ。もう少ししたら真白は支援部に戻るはずだ。翠も真白と待っていてくれ」


「わかった。お兄、戻ったら聞きたいことがいっぱい、山程あるからね」


「お手柔らかに頼む」


「無理」


 即答かよ。まあ、仕方ないだろうけど。


 俺が逆の立場なら絶対無理だし。


 翠の質問に備えておかなければなるまい。まあ、もとよりそのつもりだ。


「お手柔らかじゃないのなら、俺もお手柔らかじゃない解答するぞ。……大丈夫か?」


 念を押すように翠に聞き返すと、電話の向こうで翠が黙った。


 俺は翠を責めるつもりはないが、今回の件は結果的に翠が自身を責めてしまうだろう。


 聞かれた事は包み隠さず答えようとは思うけど。


「……大丈夫」


 しばし沈黙が流れたあと、ただ一言だけ翠が発した。


 いろいろな葛藤が含まれるけど、覚悟を決めたそんな声だった。


「了解。んじゃ、またかけ直すな。翠待っててな」


 翠の返事を聞いたのと同時に、少し遠くに俺に手を振る春野と、肩を握られてる日堂が歩いているのが見えた。


 俺は空いてる手で春野に手を振り返すと、通話終了を押してスマホをポケットにしまった。

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