第34話 お手柔らかには伝えない

 支援部に戻ると、それはそれはなんとも言えない空気が漂っていた。


 憮然とした表情で腕を組む翠と、翠に目を合わせないように窓の外を見ていた真白。


「どこまで話した?」


 俺は小声で春野に尋ねると、春野は俺の耳に手を当てて声を潜めた。


「とりあえず、詳しい事は皆野さんが話すとだけ。あたしからはこれ以上はなにも言えないって言っておいたっす。真白ちゃんを送ったあとは、あのバカを連れて行ったのでそのあとの事はわからないっす」


 なるほどな。今の微妙な空気の理由はなんとなく理解できた。


 翠も翠なりに、納得はしてはいないが春野や真白に当たっても仕方ないと割り切ったんだろう。


 よく見ると、翠はこそこそ話す俺と春野を睨んでる。


 蚊帳の外なのが気に喰わないのと、それでもまあ俺から話すのを待ってるのだろう。


 なんならはやく話せと言いたげな圧力すら感じる。


「あー、その、なんだ」


 俺が頬をかきながら全体に言葉を発すると、翠と真白の視線は一斉に俺に向いた。


 翠からは怒りが、真白からは不安が感じ取れる。


「真白は今日は帰ろうか。いろいろと思う事があるだろうが、それは明日に回して。今日は疲れただろうしな」


「でも……」


「後のことは任せとけ。俺から話をするつもりだ。今日はありがとう。結果はどうであれ、お前のその行動は嬉しかったよ」


「……っ。ありがとうございます。その……いえ、なんでもないです。蒼兄、あとはよろしくお願いします」


 真白は何か言いたげに翠をちらりと見たが、すぐに言葉を飲み込んで俺にあとを託すと、帰宅を承諾した。


 翠もなにか言いたげだが、口には出さない。


「うん、お疲れ様。春野、送ってやってくれるな?」


「はいっす。じゃあ、お疲れ様っす」


 春野にも帰宅を促すと、先程の打ち合わせの通り春野は真白を促して支援部の部室を後にした。


 帰り際に真白とまた一瞬目があったが、俺はなにも言わずに手をひらひらと振って見送った。


 支援部は俺と翠の二人きり。


 掛け時計って音鳴ってるんだなあ。なんてどうでもいい事が頭に浮かんだ。


 現実逃避をしたいのかもしれない。


 そう思うくらい今の空気は辛いものがある。


 きちんと答えてやらないといけないが、なにから伝えるべきか。


 俺が言葉に詰まっていると、翠は俺を睨みながらぽそりと呟いた。


「真白、衣服乱れてた」


「は?」


「あいつがあんなに服装乱すことなんて、私の記憶の中では無い。で、お兄も制服に擦れた跡がある」


 翠は淡々と言うが、その一言一言が鋭い。


 フリースタイルダンジョンならクリティカルだよ。その観察眼には目を見張るものがある。


「理由、教えてくれるんだよね。お手柔らかには無理って言ったよね。お兄もお手柔らかじゃない解答するって言ったよね」


 翠は矢継ぎ早に言うと、俺をじっと見つめた。


 なにから話すべきか迷っていたが、なにから話そうが今日という日の事は伝えないといけないだろう。


「まず、真白は乱暴されそうになった」


 俺が一言伝えると、翠は大きく目を見開いた。


 さっき聞こえていた掛け時計の音が、やけに大きくなった気がした。


 俺は今から翠を傷つけるだろう。


 おおよその予想はついていただろうが、翠はその内容のインパクトに顔をしかめると唇を噛み締めていた。

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