第30話日堂の弱みはやっぱり……

「あの……、その……、怒ってます?」


 おずおずと俺を見つめながら、真白は質問してきて、俺は何も答えず首を縦に振った。


 その瞬間真白は少し青ざめて、俺に頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……。その、私、翠の事が心配で居ても立っても居られなくて……。それなのに、役に立たなくてすみません」


「真白。俺が怒ってるのはお前が役に立てたとか立てないとかそういう事じゃない」


「え? 私が役立たずだったから、怒ったのじゃないんですか?」


「俺が怒ってるのは、お前が自分を危険に晒した事に怒ってるんだ」


 真白の謝罪に対して、俺の怒りと違う理由を訂正し、俺の怒りの理由を説明する。


 真白は何か言いたげに口を開こうとしたが、口を挟ませずに俺は言い聞かせるように続けた。


「いいか? 俺にとって翠は大切な妹だが、お前も俺にとっては大切な妹みたいなもんだ。だから、お前が危険に首を突っ込んだのが、兄として許せない」


 俺は真白につかつかと歩み寄り、真白に向かって右手をかざした。


 真白はぶたれると思ったのか目を閉じて少し震えていたが、俺はかざした手をそのまま真白の頭へとゆっくり下ろして撫でた。


「許せない気持ちも強いが、それ以上に安心した。……無事で良かった」


「……そ、蒼兄。……こ、怖かった。……こわかったあ」


 俺に頭を撫でられて、緊張の糸が解けたのか真白はポロポロと涙を零して俺の胸へと顔を埋めた。


 俺はそれを受け入れたまま、真白の頭を撫で続けた。


「春野、今回はお前に本当に助けられたよ。真白も無事だ。お前がいなけりゃもっと大変だったと思う」


「皆野さんに褒められて嬉しいっす! そうっすね、もっと私を褒めたい時はその空いてる方の手を私の頭に置いてくれるといい事あるっす」


 春野に再度感謝すると、春野は照れたように笑いながら俺の方へと歩み寄り、自分の頭を指差してご褒美の催促をした。


 その催促の仕方がなんとも微笑ましく思えて、俺は思わず笑ってしまった。


「ははっ、どんないい事があるんだ?」


「皆野さんの愛すべき後輩が喜ぶっす! どうっすか、この特典。ナイスでしょ?」


「そりゃナイスだな。ほれ」


「え?」


 俺は左手で春野の頭を撫でてやると、春野は予想してなかったのか素っ頓狂な声を漏らした。


 みるみる春野の顔が赤くなっていき、口がアワアワと震えている。


「みみみみ、皆野さん? そそそそ、あのあの、その……」


 まるでDJのスクラッチのように、春野は同じ言葉を繰り返してしどろもどろになっていく。


 俺の胸元では真白の嗚咽が。左側には春野の慌ただしい声が少しミスマッチしていた。


「今回のMVPは間違いなく春野だからな。お前が喜ぶんならこんくらいするさ。助かった。真白の為にありがとう」


「……み、皆野さんの為なら、当然っす!」


 俺はこれ以上ないくらいに春野を褒めてやると、春野はこれ以上顔は赤くならないであろうくらい顔を赤くしながらも、誇らしげに歯を見せて笑った。




「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 一通り泣いてすっきりしたのか、真白は目を真っ赤に泣き腫らしながらも、憑き物が落ちたかのように晴れやかな笑顔を見せた。


「そうか、よかった。な、春野」


「はいっす。ご無事でなによりっす。ところで、こいつどうするっすか?」


 俺はすっきりした様子の真白の表情に安心し、春野も同意した。


 そして、春野はそのまま自分の足元でうずくまっている日堂を指差した。


 ああ、忘れてたわ。


「やった事がやった事だからな。黄島先生には報告しようと思う。あとは黄島先生の判断に委ねる事になるかな」


 俺はスマホを取り出して、連絡用に聞いていた黄島先生のアドレス帳を開くと、日堂はなにがおかしいのか不敵に笑いだした。


「ふ、ふふ。ふははは! お前ら、覚えておけよ。例え退学になっても俺は絶対に忘れない。いいか、お前らは一生俺に恐怖しろ。ざまあみろ。女、お前らは夜道に気をつける事だ、ああああああああ!!」


 長々と復讐をつらつらと述べる日堂の頭を春野が掴む。


 その瞬間、日堂は痛みに悶絶しながら叫んだ。


「なんかどっかでその口上を聞いた事があると思えば、昔私に喧嘩売ってきたお漏らし野郎っすね」


「金髪の鬼の時のやつ?」


「皆野さん、金髪の鬼って言わないで欲しいっす。まあ、その時の話なんすけどね。その時は、その、同じような事言われた時にむかついたので目の前にコンクリートブロック落としたっす。そしたらこいつ失禁したんすよね。その時の写真も残してるっすよ。見るっすか」


「いや、いらん」


 といらないとは言ったものの、春野の話したエピソードから察するに、礼が言っていた日堂の弱みとは春野の事なんだろう。


 まさか年下が苦手だと思いきや、写真という物理的な弱点まで抑えられているとは、いささか日堂にも同情する。


 だがしかし、これを利用しない手はないか。


「春野、やっぱり俺にもその写真送っておいて」


 俺は春野に先程の言葉を訂正して写真を要求すると、日堂は慌てたように語気を荒げた。


「て、てめえ!」


「日堂さん、取引の時間だ。俺の手元にはあんたの恥ずかしい写真がある。あんたが俺の大切なものに危害を加えるつもりなら、俺も同じ事をしよう。あんたが悪い奴らとつるんでもお漏らし写真一発で評判なんて地の底だぞ。嫌か?」


「あ、当たり前だ! ふざけるな! やめろ! やめてくれ!」


「だったら、金輪際俺の関係者に付きまとうな。約束を破った瞬間、あんたの大切な仲間や、就職するならその就職先、結婚する時の縁談の席、全てのあんたの大切な時間をめちゃくちゃにぶっ壊してやる」


「ぐ、ぐぐぐぐぐ……、わ、わかった……」


 日堂は歯を食いしばりながら忌々しげに首を縦に振った。


 取引は成立。約束を日堂が守る保証はないが、牽制にはなるだろう。


 俺はうな垂れた日堂を見てニヤリと笑うと、春野はボソリと呟いた。


「どっちが悪人かわからないっす」


 うるせえ。

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