第29話そして終末を迎えていく

「て、てめえ……! 不意打ちなんて卑怯だぞ」


「うるせえ、武器使ってる奴に言われたくねえっつーの。……皆野さん、大丈夫っすか?」


 日堂は蹴られた横腹を抑えながらよろよろと立ち上がり、苦しそうな声で春野に抗議する。


 春野はその抗議をばっさりと汚い口調で切り捨てると、すぐさまいつもの口調で俺の心配をした。


 俺は立ち上がって尻を軽く叩くと、ゆっくり日堂から距離を取りながら、春野に向かってサムズアップして礼を言った。


「大丈夫。助かった。さすが春野」


「良かったっす。皆野さんになにかあったら、私、なにをしちゃうかわからんかったっす。原型留めないくらいボコボコにしちゃってたかもっす」


 春野は手を胸に当てて、ホッとため息をついて物騒な事を言い出した。


 春野なら出来ちゃうからなあ……。まあ、今の春野ならそんな事をしないのはわかりきっているのだけれども。


「クソッ、余裕こきやがって!」


 俺と春野のやり取りを見て日堂は激高してバットを構えた。


 春野の一撃を食らったというのに、タフな奴だ。


「皆野さん、下がっててくださいっす。私が引き受けますから、近藤さんのところへ」


「すまない。任せた」


「任されたっす!」


 春野に促され、俺は二人から距離を取りながら真白の元へと向かう。


 春野には申し訳ないが、今は適材適所で動く事にし、謝りながら託していく。


 春野はサムズアップしてニッコリ俺に笑ったあと、真剣な表情で日堂と向き直った。


 俺は座り込みながら春野と日堂を見つめている真白に近付き、衣服の乱れなどがない事に胸を撫で下ろした。


「真白、大丈夫か?」


「そ、蒼兄……、私は大丈夫です。……ごめんなさい、迷惑かけて。それに、春野さんが……」


「説教はあとでたっぷりしてやる。無事で良かった。それに、春野なら大丈夫だ」


 真白は申し訳なさそうに暗い顔で謝りながら、春野の事を心配そうに見つめている。


 こんな時まで他人を心配しているとはな。真白らしいが、それは春野に対してのみいえば、余計な心配というものだ。


「クソ女! てめえも生徒会長もやってやらあ!」


 激高した日堂は春野に対してバットを振り落としたが、春野は俺と違って無駄の動きなく避けると、日堂のバットを持つ手を蹴り飛ばした。


 日堂は痛みに顔を歪ませてバットから手を離す。飛んでいったバットは二メートル程離れた所にカラカラと転がっていった。


「いやー、歯ごたえなさすぎ」


 春野は赤子を捻るがごとく、楽勝だと言わんばかりに日堂を挑発して、首をコキリと鳴らした。


 日堂はプルプルと身体を震わせて、春野を睨みつけていた。


「俺をコケにしやがって……!」


「コケにされるようだからダメなんだよ。お前には尊敬もなにも出来ない。敬語を使う気もない。お前のプライドもなにもかもぐちゃぐちゃにしてやる。翠ちゃん、近藤さん、皆野さんの分を全部返してやる」


 怒りに震える日堂に対して、春野は自身の怒りを淡々とぶつけていく。


 怒りのボルテージが上がっているのか、手をパキパキならしながら日堂にゆっくりとゆっくりと近付いていった。


「舐めるのも大概にしやがれ!」


「お前が私を舐めてんじゃねえ!」


 日堂が怒りに任せた右ストレートを、春野は避けながら掴み、その勢いのまま背負い投げた。


 日堂はそのまんまの勢いでコンクリートに叩きつけられて、声にならない悲鳴を漏らし動くこともままならず、そのまま悶えていた。


 春野は髪の毛をかきあげて日堂の元にしゃがみ込むと、日堂のズボンのベルトを抜いて、日堂の身体を締め付け、自分のブレザーで日堂の足を縛った。


「ぐ、ち、くしょう……。また、年下が俺の邪魔……しやがる。金髪の鬼といいてめえといい……」


 日堂は苦しげに息も絶え絶えに吐き捨てるように呟いた。


 その台詞で、日堂を昔ボコボコにした奴の正体が判明した。


 春野は、昔も今も悪さをしている日堂を倒してるようだ。


 一回めは荒れていた時だろうけど、二回めは人を助ける為に。


「私の目の黒いうちは、翠ちゃんにも近藤さんにも手を出させない。わかったか?」


「くそっ……、くそっ……、くそっ……! ……くっそおおおおお!」


 春野は倒れている日堂の目をじっと見つめ、そらさせないようにすると、脅しかけるように呟いた。


 日堂は倒れ込んだまま、悔しそうに咆哮した。


 あとは、日堂がした事を黄島先生に報告をすれば終わりになるだろう。


 俺は春野の元へ近付いていくと、声をかけた。


「春野、お疲れ様。ありがとうな」


「あ、はいっす。無事に終わったんすよね?」


「ああ。これで大丈夫だろう。春野がいなけりゃダメだったな。流石金髪の鬼」


「い、言わないで欲しいっす」


 春野はすっかりいつもの口調に戻って、事件の収束を確認してきた。


 俺は春野を茶化しながら収束しただろうと告げると、春野は顔を真っ赤にして顔を隠した。


 先程とは全く別人のようだ。


「でもまあ、事件自体は収束はしたけど後処理が待ってる。……なあ、真白?」


 今回一番頑張った後輩を本当はまだまだ労いたいが、そうは言ってられない。


 全てを終わらせなければならない。


 俺は俯いたままいる真白に声をかけると、真白はピクンと身体を震わせ、恐る恐る顔を上げて俺と春野を見つめた。

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