第28話金髪の鬼の再来

「もしもし、真白! 無事か?」


 俺の呼びかけに返事はない。聞こえてくるのは衣摺れ音のような耳障りな音だけ。


 なにか、なにか聞こえないか?


 緊張感が伝わったのか、翠も春野も俺を不安そうに見つめているが声をかける事はない。


 全神経を耳に、聴力に集中しすませると徐々に衣擦れの音とは違うなにかが聞こえてきた。


「生徒……長を、この……ま、乱暴……まーす」


 下卑た笑い声の男の声。そして、俺の聞き間違えじゃなければ乱暴とも聞こえた。


 まずい。


 あまりにも非常な事態。俺は耳の穴にスマホが入ってしまうくらいに押し付けて、さらに耳をすませる。


「残念……けど、助け……来な……。前は……失敗……、今度……誰も……気付か……い」


 断片的ではあるけれど、聞こえてくる単語は不穏な事ばかり。


 プツプツ途切れているものの、誰も助けに来ないという事や、誰も気付かないと言っているのだろう。


 おそらくこの声は日堂だ。そして、日堂の近くには真白がいる。だが、真白の声が聞こえていないという事は、喋れない状態なのだろう。


 捕まっているのか、誰かが捕まってしまっている状態の様子見をしているのか。


 他に何か聞こえるものはないか? 耳を押し当てて、別にヒントがないか探る。


 微かに聞こえるのは……、吹奏楽部の練習の音。あと、風の音。そして、鳥の……鳴き声? 外か?


「……て、皆野……かな? あいつ……コケに……。あいつ……許さん。……も、お前……やってやる」


「んんんんん!!」


 !?


 興奮したような男の声に混じって、うめき声のような声が聞こえた。


 あの声は真白か?


 多分真白だと思うんだけど、話さないようにされているようだ。


 クソッ、考えろ。学校の敷地内。真白は外に出ていない。なのに、外の音が入り混じっている。


 上靴で行ける外……。校舎内は教室中見て回った。玄関も見た。後は……。


 ……あ。


 俺はスマホを耳に当てたまま、支援部を飛び出そうとして踏みとどまる。


 そして、すぐさま春野と翠に叫ぶように指示した。


「春野、来い! 屋上だ! 翠は部室で待ってろ!」


「え? あ、はいっす!」


「え?」


 春野は驚いた顔をしたが、すぐさま頭を切り替えて走る俺の後ろを付いてきた。


 翠は驚いた声を漏らしていたが、構ってはいられなかった。


 騒がしい足音が廊下に二つ響く。


 廊下を走ってはいけないと、真白は怒るだろうけど、お前を助ける為だから許してくれるよな。


 俺は足の疲れも忘れ、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。


 アドレナリンがどばどば出ているのか、疲れを感じない。


 屋上までの扉の前で一旦扉に手をかけると、春野に簡単に指示を出した。


「……春野、俺が先に行く。どこかに真白がいるはずだ。探してくれ」


「はあ、はあ、な、なんなんですか一体」


「すまん、時間がない。頼んだ」


 春野には悪いが、今は指示する時間が惜しい。簡潔な指示で真白を春野に託した俺は、思い切り扉を開けた。


 少し日が落ちてきた空が目の前に広がる。そして、鳥の鳴き声。風の音。吹奏楽部の練習の音が耳に届く。


 俺の耳から、スマホのスピーカーから同じ音が聞こえてきた。


 俺はあたりを見渡して、右に左に視線をずらして前へ歩き出した。


「皆野さん、うしろっす!」


「!? うおっ!」


 春野が声を上げて、俺は咄嗟に横っとびをした。


 カランと甲高い音が鳴って、金属バットを持った日堂がそのバットを俺に振り落としていた。


「ちっ、外したか。てめえはこの間の服装指導の野郎だよな。何の用だ?」


「何の用? あんたには用はないけど、真白には用がある。返してもらおうか」


「は? なんの事かわからねえなあ」


 バットを俺に対して振り落とした時点でなんの事かはわかってるだろうが。


 目の前の日堂は呆れ果てたクズらしい。悪びれもせずに、嘲り笑った。


「そうか、わからないか。なら、俺が勝手にこの辺りを探しても問題ないよな」


「ああ、そうだな。だが、ここは俺が素振りしてるんだ。当たっても知らねえ……ぞ!」


「おわっ!」


 日堂は躊躇いなくまたバットを俺に向かって振り、俺はまたとびながら避けた。


 心臓がバクバクとうるさいくらいに鳴って、汗が額に滲む。


 俺は日堂を睨んでいるが、日堂はニヤニヤしたままだ。


「避けるのが上手いなあ。二回も外しちまったし、三回空振りで三振かな」


 日堂はバットで肩を叩きながら余裕そうに俺ににじり寄ってきた。


 屋上の扉からはだんだんと遠ざかっていき、逃げるのはやや困難になりつつある。


 日堂はバットを地面に引きずって、カラカラと威嚇するように音を鳴らしながら近付いて、少しずつスピードを上げた。


「おらっ! ホームランだ!」


「くっ! っらああああ!」


 日堂が横に薙いだバットを後ろにステップして避ける。


 もはや、紙一重。少しブレザーにかすって、ボタンが一個弾けた。


 俺は着地に失敗して、尻餅をついて倒れ込んでしまった。


 そして、日堂はチャンスとばかりに俺ににじり寄ってきた。


「ひゅー。惜しいなあ。ファールってとこかな? でも、ピッチャーはぼろぼろだねえ。次は絶対外さないぞ」


 日堂はニヤニヤ笑いながら、俺に向かってバットを振りかぶった。


 だが俺も、ようやくが終わった事が見えたので、負けないくらいの不敵な笑みで日堂を見つめた。


「そうだな。先発はそろそろ交代の時間のようだ」


「諦めがいいじゃないか。大丈夫、お前がなにも言わなければ全治一ヶ月くらいで済ましてやるよ」


「何を勘違いしてるんだ? 先発は終わり。今からはお前が抑えられる番だ。バッターは三振。ゲームセットだ」


「あ?」


 日堂を挑発しながら、俺はお役ご免。床にへたり込んでダサいままで、俺は我が部の守護神に全てを託した。


「春野。すまんが、頼んだ」


「頼まれたっすううううう! 死ねコラァアアアアア!!」


「ぐおおおおお!?」


 全力ダッシュで走ってきた春野が、不穏な言葉とともに思い切り日堂にキックを食らわせる。


 吹き飛ぶ日堂とピンクのパンツが見えた。


 ははっ。ご馳走様。


 日堂は不意に食らった春野の横薙ぎのキックに、なすすべもなく無様に悲鳴を上げて無様に倒れ込んだ。


 俺の視線の先には春野に助けられた真白が、ポカンと口を開け、目を丸くしながら吹き飛んだ日堂と蹴り飛ばした春野を交互に見ていた。


「ぶっ殺す!」


 金髪……ではないが、茶髪の鬼と化した春野は、日堂に中指を立てて、物騒な言葉を叫んでいた。

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