第14話夕日さす帰り道、女心は空と同じく移り気

 帰り道。春野と翠と並んで、夕日に照らされながら帰っていく。


 登校に引き続いて下校まで翠とする日が来るなんて。人生って何が起きるかわからないものだ。


「皆野さん、明日は何時に迎えに行ったらいいっすかね?」


「今日と同じでいいんじゃないか?」


 俺と春野は明日の登校時間について打ち合わせを始める。打ち合わせと言っても、迎えに来てもらう時間を決めるだけだからそんな大層なものではない。


 その証拠に二秒で決まった。圧倒的スピードだろう。


「あ、私も行くから。忘れるなよ」


 そこに翠が割り込んできた。忘れるなと念押しされたが、忘れてたわ。


 やはり、翠と登校を考える脳にはなっておらず、翠が一緒に登校すると言っただけで違和感が半端無い。


「もちろんっすよ。翠ちゃんも一緒っす」


 俺の返事を待たずして、春野が快諾する。まあ、いいんだけどさ。


「……お兄もいいの?」


 春野の返事を聞いて、翠は俺に対して意見を求めた。なんだこの風の吹き回しは。


 いつもであれば、バリバリのジャイアニズムで私が行くと言えば行くんだというキャラなのに、確認をするなんて。


 一旦断ってみるか? と悪戯心が芽生えたが、すぐにその気持ちはふっと消えた。


 なんだが、昔の翠を見ているような不安そうな表情だったからだ。俺は目をこすりもう一度確認すると、不安そうな表情ではなくなっていた。


 どうやら、気のせいのようだが昔のお兄お兄とくっついて離れなかった翠を思い出してしまった。


 意地悪をしようと思った感情がどうしようもなく恥ずかしい。


「俺ももちろん構わない」


「だよね。シスコンお兄は私と登校出来るから嬉しいっしょ」


 翠は俺の返事を聞くや否や、俺を罵倒しながらケラケラ笑う。


 シスコンの自覚はないのだが、翠にシスコンシスコン言われてシスコンなのか? と自分自身を疑ってしまう。


「皆野さんがシスコンなら、翠ちゃんはブラコンっすよね。だってお弁……」


「わー! 桃! 黙れ! シャラップ!」


 春野は俺と翠の会話を聞いて、翠をブラコンと言い放つ。理由の説明をしている最中、春野の口を翠が慌てて塞いで叫んだ。


 翠は夕日のせいではないくらい頬を赤らめて春野の口を抑え込む。春野は手をバタバタと動かして暴れると、翠の手を引き剥がして大きく深呼吸した。


「な、なにをするっすか、翠ちゃん! 死ぬとかっす!」


「桃がいらんことを言おうとするからでしょうが! もう、その事言うの禁止だからね! 言ったら桃の秘密バラすから」


「わ、わかったっす。言わないっすけど、なにをそんなに怒るんすか?」


「怒ってない!」


 いや、怒ってるじゃん。


 春野と翠のやり取りを眺めて、春野の怒られ方が可哀想になってきた。


 翠がなにを怒っているのかはわからないが、春野が翠について話そうとした内容は翠にとって面白くないご様子。


「むう、翠ちゃんも少しは素直になったらどうなんすか?」


「……なってるところだし」


「それでっすか?」


「うるさい! 発展途上中なんだから!」


 翠はグイグイと質問してくる春野に怒り出してそっぽを向いた。


 まあ、春野にとっては翠が素直には見えないのだろう。家族である俺にとってもそうは見えないからな。


「でも、いつまでも自分の殻に閉じ籠ってちゃダメっすよ。いつか大変な事になるっす」


 春野は諭すように翠に言うが、翠はそっぽを向いたまま無視して歩き続ける。


 春野は助けを求めるように俺を見たが、俺はお手上げとばかりに肩をすくめた。


 しかし、春野がなかなかに言うようになったな。出会った時の春野の事を思い出して、その成長ぶりに感慨深いものを感じた。


「まあ、翠も発展途上と言ってるんだ。そのうち変わるんだろ。春野みたいにさ」


 生意気に育った後輩の頭を俺はくしゃくしゃに撫でてやる。髪の毛が乱れてしまうのも気にせずにくしゃくしゃにかき混ぜてやった。


「やーめーるーっす!」


 夕日のように顔を赤くした春野が、抗議の声を上げて俺の手を払う。


 そのパワーは弱々しく、痛くならないような春野の配慮が見てとれる。痛くならないように本気で振り払おうとはしてないのだろう。


 でもまあ、抗議された以上は手を離してやる。流石にやり過ぎると可哀想だしな。


「はいはい、やめてやるよ。手を払われちゃあやめるしかない」


「……むう」


 今度は春野までもが機嫌悪そうにそっぽを向いた。いかん、やり過ぎたか?


「やり過ぎたか? 悪いな。直すから許してくれよ。な?」


 俺はボサボサになった春野の頭を手櫛で直す。出来るだけはねたりしたいように丁寧に直してやると、割と綺麗に戻っていった。


「ほら、完璧。戻った。どうだ、機嫌直してくれよ」


「……ダメっす。まだ直ってないっす」


「ええ……」


 どうやら、春野的にはダメらしい。


 やってしまったのが俺だけに何も言い返せない。俺はリテイクを何度も何度も繰り返し、繰り返す事十回目。


「仕方ないっすね。ギリギリ、赤点免れぐらいギリギリっすけどしゃーなしに合格にするっす」


 ようやく春野の合格宣言を受けてホッと胸を撫で下ろした。


 無事に終わった。そう思った矢先だ。


「ね、ねえ、お兄。私もちょっと風のせいか髪はねたし直して」


 今の今まで無風だったはずなのだが、翠の髪が風に吹かれたらしくボサボサになっていた。


 少し風が吹いてしまったのかもしれない。


 ここで断ったらまた翠の機嫌を損ねてしまいそうだ。俺はこくりと頷いて翠の髪もとかし始めた。

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