第12話ニュー支援部の始動
扉の先の真白と翠は、春野を真ん中にそっぽを向き合って座っている。仲悪きことこの上なしだ。
二人の真ん中で苦笑いを浮かべていた春野が、俺の姿を見つけた瞬間、飼い主が帰ってきた子犬のように走り寄ってきた。
「み、皆野さん! 無理っす! この空気をなんとかするのは荷が重すぎるっす!」
春野は涙目でウルウルと瞳を滲ませて、俺の胸元を掴み上目遣いで訴えかける。
まあ、普通の反応だろう。俺だってこんな空気の中一人で放置されたら泣いてしまうだろう。
「よく頑張ったな。ここからはまあ、任せとけ」
俺は春野を離して、機嫌の悪そうな二人の前につかつかと歩み寄った。真白も翠も、ちらりと俺を見たが、機嫌悪そうに腕を組み足を組む姿勢は崩さない。
なら、こっちにも考えがある。俺は真白の側に近づいて行き、そっと耳打ちをした。
「今日からお前達は支援部に入ると聞いた。理由は自分達が一番わかってるんだろ? お前は生徒会長で大変なんだろうが、やってはいけない事を考えないと」
まずは良心に訴えかける作戦だ。反省を促す効果的なやり方だと思う。特に真白にはな。
案の定、ツンとした態度を取っていた真白はソワソワとしだして、俯いた。そしてパイプ椅子から立ち上がると、思いつめた表情で俺を見つめた。
「蒼司さん、この度はご迷惑をおかけして本当にごめんなさい」
「いや、真白。わかってくれたならいいんだよ」
よし、一人陥落。
頭を下げる真白に気にしないでいいと伝えてお次に目を見やる。翠はこういう言い方は逆効果なんだよなあ。逆に意固地になるタイプだろう。だから、次は。
「なあ、翠。俺はお前の気持ちわからんでもないんだ。だがな、あんなところで喧嘩して変な噂たつと嫌だろう? 兄として心配なんだよ」
今度は翠の耳元で理解ある言葉を投げかけてみる。流石にさっきの台詞と矛盾しそうな事を真白に聞こえるようにするのはまずいからな。
翠は俺の言葉に、わかってるじゃんと言ってるかのように頷いた。
「ふ、ふーん。お兄はわかってるんだ。……うん、今後は気をつける」
「いや、翠。理解してくれたなら嬉しいよ」
はい、二人目陥落。
俺は心の中でガッツポーズを取りながら、偉そうに腕を組みながらニヤニヤしている翠に感謝の言葉を伝えた。
そんな俺を、ジーッと見つめる視線が一つ。春野が信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。まあ、反省の色を見せなかった二人を一瞬で反省させたんだ。尊敬しちゃっているのだろう。さあ、褒め称えろ。
「……皆野さん、女たらしって言われないっすか?」
「春野、それは褒め言葉じゃないぞ」
「わかってて使ってるっす」
わかってて使ってるかー。
春野からの賛辞を期待していたが、春野の口から飛び出したのはシンプルに罵倒だった。
なんだよ、失礼すぎるだろう。俺はちゃんと考えて悪い空気をなんとかしただけなのに。
「春野、俺は女たらし出来るほどモテる要素ないからな。そんくらいモテてみたいくらいだ。俺の事を好きになる奇特な人はそうそういないよ」
俺は自分の人生経験上モテた事は一度もない。彼女いない歴イコール年齢で、浮いた噂も一つもない。
自分で言って悲しくなるが、春野に植え付けられた誤解を解くために俺は悲しみに暮れながら願望を口にした。
俺だってモテれるならモテたいよ。
だがしかし、俺の願望を聞いた瞬間またしても春野は信じられないものを見る目で俺を見た。
……やっぱり今の願望は気持ち悪すぎたのだろうか。
「自覚ないって恐ろしいっす。ちなみに今の台詞は私の心に傷をつけるという意味で刺さったのでしばらく口も聞きたくないっす」
「う、やっぱり今の言い回しは相当気持ち悪かったか?」
「そういう事じゃないっす。まったくもう、私も近藤さん、翠ちゃんとひと暴れしようかな」
なにやら春野が物騒な事を言い始めた。せっかく二人を説得出来たのに、何故説得する必要のなかった春野を説得する必要が出てきたんだ。
まったく、女心というのはわからない。
「勘弁してくれ。とりあえず、今から支援部の説明したいから一旦座ってくれるとありがたいんだが」
「仕方ないっすね」
とりあえず、春野の謎の怒りは鎮火したみたいで、素直にパイプ椅子に座った。
俺を正面として、右から真白、春野、翠の順番に並び、俺を三人が見つめる。
なんか、先生になった気分だ。いつもは二人しかいない部室だから適当に連絡し合ってたが、今後はこんな会議みたいにしないとダメなのか。なんだか背筋が伸びる気分だ。
「えー、新入部員も入り、改めて支援部の説明をする。この支援部は、生徒が他人を慈しみ思いやり、支え援助するというボランティア精神に則り行動するという美しい理念を持つ部活だ。簡単に言えば人助けの為の部だな」
表向きはだけど。今ここにいない、元凶ともいえる黄島先生は今頃くしゃみを一つしてるだろう。
理念を説明すると、三者三様の反応を見せている。真白はほう、と感嘆の声を漏らしている。春野は表も裏も理念を知っているから苦笑いだ。翠はふーんとどうでも良さそう。
「とまあ、小難しい説明をしたが、手伝って欲しいという依頼を聞けば、それを受けて対応する部活だな。真白のとこの生徒会との服装指導とかがまさにそれだ。依頼を貰って、引き受けるのが大まかな流れだ」
「じゃあ、質問。誰でも依頼出来るの?」
俺が支援部の流れについて説明をすると、翠が手を挙げた。成る程、これは良い質問だな。
「ああ。出来る。ただ、なんでもは出来るわけではない。依頼の窓口は黄島先生だからな。突拍子もない依頼は黄島先生のとこでシャットアウトされる」
「へえ、成る程。じゃあ、変な依頼は来ないんだね」
俺の説明に、翠は納得したように頷いた。まあ、なんでもオッケーにしてしまうとよくわからない依頼も来てしまうからな。
そこを黄島先生が窓口になってくれればそれだけで変な依頼はカット出来る。
「他に質問はあるか?」
翠の今の質問以外ないか三人に問いかける。だが、反応はなさそうだ。ないと見ていいだろう。
……でも、これ以上俺も言うことないんだよなあ。
「なければ今日の部活終わりだけど、大丈夫?」
もう一度三人に問いかけるが、手が挙がらない。本当にもう何もないのだろう。
じゃあ、長引いても仕方がないし切り上げるか。
「じゃあ、今日の部活はおしまいだ。明日も七時四十五分に挨拶指導あるから、春野と真白は知ってるだろうが、翠はちゃんと来いよ」
「えー、めんどくさい……」
俺が明日の事を促すと、翠は嫌そうにぶーたれた。まあ、翠もそこまで朝に強いわけではないし、気持ちはわかる。
「翠は朝も起きれないんですね」
「はあ? そんな事ないんですけど」
おいおい、勘弁してくれよ。せっかく説得して鎮火していた喧嘩にまたしても火が灯った。
真白、頼むから翠を煽らないでくれ。火花をばちばちと散らして睨み合う二人を見て、やれやれとため息をこぼした。
そして、ドンマイ春野。
二人の間に挟ませれてなぜか視線の中心となった春野は、目で助けてと訴えていたが、俺はどうする事も出来ず、ただ春野の為に合掌した。
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