第9話翠心はわからない
久々の家族団欒を満喫した俺は、自室に戻ってスマホを取り出した。そのままラインを開いて、翠のトーク画面を開くと、【話があるんだが】とだけ打ち込み送信した。
すると、すぐさま既読がつく。ほんと、送って数秒も経たずに。そして、【りょ】とだけ書かれた文章が帰ってきた。
軽いノリだな。なんか、本当にいがみ合ってたのが信じられない《普通さ》というものを感じる。
ラインのトーク画面を見ながら物思いにふけっていると、ノックもなく突然扉が開いた。
「なにー?」
翠はグレーのスエットのポケットに手をいれてふてぶてしく尋ねてきた。
昨日のパジャマと違ってスエットのせいかヤンキー感が五割増しだな。なんて、翠の部屋着に悪いイメージを思い浮かべた。
「いや、久しぶりに話とか出来てるからさ。まだ話したいなと思って」
「え? ウケる。シスコンじゃん」
俺の提案に対して、翠はケラケラ笑って罵倒の言葉を吐く。
あれ? 結構雪解けしたかなと思ったけどこいつまだ中々きつめだぞ?
若干心が折れかけるが、なんとか立て直してなおも話題を作る。
「そもそも、翠の持ってきた昨日のあれなんだったんだ。あの、コピー用紙。結構驚いたんだけど」
「そ、それは、面白そうなの見つけたから見せただけ。ほら、いろんな考え方持つ事って重要じゃん?」
「まあ、一理あるな。でも、話せたのも久しぶりだったから余計に驚いたかな」
「あー、それは確かに久しぶりだったもんね。何年前からだっけ。私も若かったもんだよ」
今でも充分若い翠が、急に老け込んだ事を言うもんだから思わず吹き出した。
でもまあ、翠も久しぶりという自覚はしているようだ。お互い避けあっていたはずなのに、きっかけはわからないものだ。
「そもそもなんでいがみ合ってたっけ? なんか、俺は邪魔とか言われるようになったから翠を避けるようにはなったんだけど」
「……さあ、忘れたかな。まあ、反抗期だったんじゃない? で、お兄も私を避けはじめて現在に至りましたとさ。って感じ」
翠にいがみ合ったきっかけを尋ねると、翠も原因は覚えておらず、反抗期だったのではと推察を口にした。
「まあ、翠は今でもちょっときつめだし、反抗期は脱せてない感じかな」
「……今のは聞き流してあげるけど、きついとか言われたらまじで腹立つから。デリカシー持ってね」
「あ、はい」
どうやらこの一瞬で翠の機嫌を損ねてしまったようで、ブスっとした顔で睨みつけられる。
俺は縮み上がって丁寧に返事をしたが、翠は面白くなさそうにそっぽを向いてスマホをいじりだした。
わからん。翠の地雷がわからん。というか、デリカシーの話だと翠単体というより女性に対して言ってはいけない事かもしれない。明日春野にでも聞いてみるか。
「あー、そういえば、今日あんたのとこの部活なにしてたの?」
「ん? 支援部として生徒会と合同で服装指導をするという話をしてた」
「は? 服装指導? じゃあなに? 真白の味方すんの? 私の敵じゃん」
お兄からあんた呼びへとランクが若干下がってガッカリしつつ、自分が悪いと戒めて翠の質問に答える。
すると、翠の表情がますます曇りだし、イライラとした声でとんでも理論を振りかざした。どうやら生徒会の手伝いをすると翠の中では真白の味方らしい。
だったら翠の敵は結構いるぞ。基本的に生徒会長に逆らうなんて考えの人がそもそもいないし。
「はあ。せっかく良い気分だったのに、最悪。何時からしてんの? その時間は避けるから教えて」
「い、一応七時四十五分からとは聞いてます」
翠の圧力におされて、思わず敬語になってしまう。
翠の逆鱗に触れてしまったのは失敗だったな。真白が関わる話題は避けるべきだった。
「……わかった。情報提供ありがとうとだけ言っとく。んじゃ、戻るわ」
「え? もう?」
「悪い? 誰かさんのせいでちょっと面白くなくなっちゃったから」
翠の怒りはあまりにも理不尽すぎる怒りだとは思うが、明らかに態度は悪くなってイライラしている表情は見るだけでわかる。
これ以上引き止めてしまっても、翠の機嫌を良くする魔法なんて使えない。久々の兄妹の会話二日目は、翠を怒らせて強制終了という結果に終わってしまった。
翠が部屋から出て行き、緊張が解けて椅子に深く座って背もたれに体重を預けた。
あー、やっちまったなあ。
反省して頭を軽くかきむしっていると、突如スマホが震える。俺は慌てて画面確認をする為パスワードを打ち込んでロック解除をした。
スマホが震えた原因は、どうやらラインから通知が来ていたようで、新着メッセージがあるとの表示がされていた。
俺はそのままラインを開くと、先程出て行った翠の新着メッセージが届いてるようだった。
さっきまで話していたのに一体なんの用だろう。俺は恐る恐る翠のトーク画面を見ると、たった一言【裏切り者】とだけ新規で書かれていた。
いや、裏切り者って言われましても。
俺は返信に困って、とりあえず謝罪を打ち込み送信した。そして、すぐさま既読となるライン画面。返信はまだ来ない。
翠の地雷処理を出来るようにならないとな。
いつまでも返信が来ない翠のトーク画面見ながら、新たな決意を胸に秘めた。
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